「か、りん……?」


「……ごめ、ん、とうし、ろう」



やっとのこと彼女の名を呟けば、息絶え絶えに彼女は返事を返す。


兄の時と同じく、ひゅう、と細く息を漏らした。


そのことが日番谷を覚醒させる。



「喋んな!今治療してやっから……!」



そう言って手を傷口に翳し、鬼道で治療をしようとする。


氷輪丸は抜けない。


血が大量に出てしまう。


しかし詠唱を唱えようとしたのに、夏梨はたどたどしい動作で日番谷の腕を抑える。



「い、い」


「そんな……っ!」


「とうしろ、ごめん、ね」



再び謝って薄く夏梨は笑った。


それでも顔の筋肉は引き攣っている。


きっと無理矢理笑っているのであろう。


日番谷を心配させないために、頑張っているのだろう。


ただ、呼吸は先ほどよりも幾分か楽になったようだ。


日番谷が夏梨にばれないよう、小さく治療をしていることに本人は気付いていない。



「あたし、冬師郎が、斬ってくれなくても、死ぬこと、できたのにさ」


「じゃあなんでこんなこと……」


「独りが、嫌だったから」



一人が嫌だった。


孤独に、独り死ぬことが。


今から最愛の兄の元へと行けるのに、寂しさを伴っていた。


それに、



「あたしも、一兄と同じ、感情、あんたに持ってたのかも、ね」


「何だと……」


「あんたを初めて、見たときさ、すっごい惹きこまれたの、あんたに」



ルカナに前々から入れ知恵をされていた為に、まさか、とは思っていた。


周りに優しい一護ならともかく、自分までもが、と今の今まで疑っていた。


でも今、その彼に斬られたことで夏梨は確信していた。



「あんたが、好きだったから……、一目ぼれ、しちゃったから、あんたにあたしの命、終わらせてもたいたかった、の、かもね」


「もういい、喋るな」


「いい、の、冬師郎」



夏梨は日番谷が治療をしていることに気が付いたらしい。


手を持ち上げ、氷輪丸の柄へと伸ばし、思いっきり、今の自分が出せる最高の力で抜いた。


瞬間、夏梨も日番谷も赤に染まる。


ぐあっ、と声を上げた夏梨を日番谷は抱きしめた。



「ごめ、ん。どう、して、も、」


「……いいんだ。これがお前の望みだったんだろ……?」



ひゅうひゅう、


夏梨の吐息だけが辺りに響く。


閉じかけていた夏梨の目が、再び薄くだが開いた。



「と、しろ、は……やさ、し……いんだ、ね」


「え……?」


「ない、てる」



夏梨は小刻みに震える手で冬師郎の頬を包む。


確かにそこには水分の感触があった。


随分と久しぶりなことだ。


人前で、泣くなどとは。



「とうし、ろ……ありが、と、ね」



さらり、


身体が崩れ始める。


瞬く間に塵と化した夏梨の身体。


部屋の中で吹くはずのない風に飛ばされたそれは、直ぐに日番谷の手の中から消えた。



ああ、そうか。


自分も、だったんだ。


今日、しかもつい先ほど逢い、今しがた死に別れた彼女。


自分が、一目ぼれをしていたことに、やっと気づけたのだった。


それは、涙。


誰が戦死しようとも病死しようとも、涙だけは流さないと誓ったのに―――。


「案外早かったよね。あの戦いから全然時間たってないじゃん」


「一番軽傷が俺だった」


「で、こっちまで態々足を運んだんだ」



お疲れ、夏梨は笑う。


その笑顔から日番谷は視線を逸らした。


何故だか直視していられなかったのだ。



「それに……あんたのこと、実はあたし知ってたんだよね、冬師郎」


「何だと?」


「霊子映像機。あれであたし周囲を観察していた時、偶々見ちゃったんだ。あんたが虚と戦っているトコ」



最初見た時は目を疑った。


怖ろしく綺麗な銀髪と翡翠の瞳。


あの透き通るような色彩を正直羨ましいと思った。


次々と虚を斬り倒していく姿。


その画から目が離せなかった。



「そうか」



そう日番谷は言っただけだった。




どれだけ時間が経ったのだろうか。


二人は無言でベンチに腰掛けていた。


お互い何を言うでもなく、ただただ座り続けていた。


そして、日番谷が先に口を開いた。



「朽木が」


「クチキ?」


「お前が言った女の名だ。朽木ルキアが言っていたんだ」



すう、小さく息を吸い込む。



「済まなかった、と」



ルキアに頼まれていた伝言。


そのメッセージを確かに今夏梨に届けた。


日番谷は立ち上がる。



「アイツは今そうとう悔やんでいる。どうしてあんなことをしてしまったのかと」


「……そっか」


「俺はそれだけを言いに来たんだ」



じゃあな、そう言ってドアへと向く。


夏梨の視線が自分の背を追いかけていた。


ドアを開けようとドアノブに手を伸ばした時。


小さく何かに引っ張られた。


振り向くと、そこには俯いた夏梨の姿。


どうした、そう問えば夏梨は小さな声で答えた。



「……あたしを殺して」


「……は?」



日番谷は最初夏梨が何を言っているのか理解できなかった。


数秒間、固まったままの二人。



「……何故だ?」


「くるしいの」



ゆっくりと夏梨は顔を上げた。


その瞳は深い悲しみを伴っていた。



「あたし、思ったよりも一兄に依存していたみたい。本当はさ、あんたがこなかったらもう死んでいたはずなんだよね」



日番谷が来る直前、植木に水をやった。


実のところ、ここにある木に水は必要ない。


水なんかなくとも何年でも生きていける。


ならばどうして水やりなどしていたのか。


それはココロを落ち着かせるため。



「自分で斬魄刀突き刺して死ぬつもりだった。だから、冬師郎」



お願い、と袖を引っ張る。



「……断る」



その回答に夏梨は目を見開いた。


きっと日番谷は承諾してくれるだろう、そう思っていた。


いや、その前に日番谷に会った瞬間に、自分を殺しに来たと思ったのだが。



「何で」


「殺す理由がない」



理由ならある。


破面だという立派な理由が。


それを言えば日番谷は首を振った。



「破面だからといって殺す理由にはならない。俺たちに刃向かってきさえしなければな」


「……そう」



夏梨は手を離した。


ふ、と息を吐き、真っ直ぐと冬獅郎を見据える。


日番谷の心臓がどくりと跳ねた。


夏梨はゆっくりと腰に差していた斬魄刀を取り出した。


日番谷が訝しげに見ているが関係がない。


鞘から抜いて、刃先を日番谷に向ける。



「お願い、殺して」


「……断る!」



慌ててノブに手を掛けるが、ドアは開かない。


密閉されたようにぴくりとも動かなかった。



「お前……!」


「お願い、冬師郎……」



夏梨は泣いていた。


いや、自覚はしていないだろう。


透明の液体がつう、と頬を伝っていた。



「どうしてそんな死にたがるんだ!」


「あたしと一兄は一心同体なの。寂しかった、辛かった。あんたに昔話していて、本当に死にたくなったよ。だって、向こうに行かないと一兄には会えないんだもん」



あたしも早く楽になりたい。


そう呟き、夏梨は日番谷に斬りかかった。



「おい!」



「あんたが理由がないってんならあたしが自分から作る!」



始解をしてない浅打状態の斬魄刀。


氷輪丸と激しくぶつかり合い、火花が散った。



「やめろよ!」



そう叫ぶが夏梨は聞こうとしなかった。



一思いに殺してあげればよいのだ。


彼女は破面だ、殺したって誰も文句は言わない。


寧ろ残った破面は排除するという傾向もある。


もしかしたらこのまま置いて帰っても、新たに虚圏に配属された死神が彼女を殺すかもしれない。


死にたい、そう思っている今こそ殺してあげるのが優しさなのではないのか?


しかし、だ。


日番谷は夏梨に刃を向けることができなかった。


敵に躊躇いなんて今まで無かった。


それが今、自分に刀を向けている少女を殺したくないと思っている。



考えに気を取られ、気付けば夏梨はもう目の前へと迫っていた。


死神の習性だろう、とっさに自分の前へと刀を突き出した。



「-ッ!!」



しまった、そう思った時にはもう遅かった。


夏梨は向けられた刃へそのまま飛び込んだ。


赤い飛沫が夏梨と、床と、そして日番谷を濡らす。



「あっ……」



がくん、と夏梨の膝が折れる。


氷輪丸の刀身が夏梨の背から突き出ていてあまりにも痛々しい。


日番谷は呆然と夏梨が浅く息をする様子を見ることしかできなかった。


それほど状況を把握できていなかった。



この日は随分と暇だった。


一護は藍染と現世任務へ向かっていていない。


だからいつもの暇つぶしをしようと、破面全員に配られている霊子映像機のスイッチを押した。


しかし夏梨はそれを後悔することになる。



『い、一兄!』



四角い板のようなもの。


それには映像が映し出されていた。


これは瞬時に、様々な次元に隠されたカメラ代わりの霊子が映像をリアルタイムで伝えてくる。


ここには今、一護が映っていた。


血まみれの、一護が。



夏梨、悪かった


そう言って崩れ落ちる一兄の身体。


それをぎゅっと抱きしめているのは敵であるはずの死神の女。



それを見て、ああ、と夏梨は理解した。


この少女こそが一護が恋した相手なのだと。


許されない恋なのだと。


だんだんと粒子と化している身体を必死に止めようとする少女。


また、夏梨は理解した。


この少女も、一護に恋していたのだと。



何と悲劇的な出会いと別れなのだろうか。


ただ、



《よかったね……一兄》



不意に浮かんだ涙を指先で夏梨は拭う。


画面から一秒たりとも目を離せない。


いや、離すことは許されない。



大切な人を見つけてくれた。


自分以外の、大切な人。



恐らく一護を刺したのはこの少女だ。


でないと、あんな悲痛に満ちた表情が出来るわけがない。


きっと彼女は思っただろう。


避けてほしい、と。


だが一護はそれを裏切った。


自らの命を大切な人に預けた。


そして終わらせた。



ずっと願ってきたことだ。


一護に自分以外の大切な人ができること。



『バカ……あたしに謝ることじゃないじゃん……』



彼女に、


一護を斬った少女に謝ってほしかった。


どんな形であれ、自分の想いを、最後に伝えて欲しかった。



『ありがと、一兄……大好きだよ』



その瞬間、一護の身体は全て消え去った。





「だから死神を恨んだりはしてないの。一兄が勝手に死んだ感じだから」



それからが大変だった。


宮は既に一護と夏梨だけになっていた。


すぐにでも新しい十刃が造られ、ここに来るだろう。


皆のお墓をどこに移そうか。


どこに一護のお墓を作ろうか。


そう考えていた。


しかしそれは一変した。


死神により藍染は捉えられた。


十刃はハリベルくらいしか残っていない。


虚圏は支配されたのも同じだった。


仕方がない、とハリベルは言った。


このまま宮に住み続けていいと。


だが、ここに死神がやってきたら殺されるかもしれないからな。


そうも忠告された。


だから、選んだ。


死神がきたっていい。


ここに住み続けようと。