バイクで四国遍路 代理参拝。遍路の歴史 その2 | バイクで四国遍路の旅

バイクで四国遍路の旅

四国遍路の旅の先々で、出会う人々の温かさを感じ
お大師様と自然と時に身を任せ
依頼主様の御心と共に、誠心誠意代理参拝いたします

四国遍路の歴史の中では、

お大師様の存在は絶大です。

 

四国遍路の旅は、「同行二人(どうぎょうににん)」

といって、

まさにお大師様と自分の二人で歩いていく道です。

 

四国遍路とは、すなわち・・・

 

「弘法大師信仰の道」です。

 

 

 

お大師様は、今の香川県に誕生されて

幼名は「真魚(まお)」と名乗られていました。

 

京都の大学で高級官吏(役人)になるため

勉学に励んでおられましたが、

お大師様の心は「仏教」へと移っていきました。

 

 

大学を辞めて、唐(中国)に渡り

密教を学んだお大師様は、悟りを開くために

吉野(奈良県)、熊野(和歌山県)

そして四国の「邊地(へち)」で、

長い修行に入られました。

 

石鎚山(愛媛県)、五剣山(香川県)、

行当岬(高知県)など厳しい自然に身をさらし、

6年以上の年月が流れました。

 

そんなある日、

御厨人窟(みろくど)(高知県 室戸岬)で、

ついに悟りを開いたとされています。

 

この時、御厨人窟から見えた景色が、

空と海のみ、だったことから

お大師様自ら「空海」と名乗ったとされています。

 

 

御厨人窟。

 

 

 

 

お大師様が生まれ、修行をし、

悟りを開いた四国の地はやがて

「邊地の聖地」として脚光を浴びるようになりました。

 

 

遍路の歴史 その2は以上です。

 

 

 

 

生涯、一度は四国八十八カ所へ巡礼したい。

 

お大師様と共に、遍路旅に出たい。

 

 

しかし・・・

 

 

さまざまな事情によって、

(四国から遠い、ご高齢、お体が不自由 等)

 

諦めているあなた様に代わりまして、

 

私、橋本克己(香川県丸亀市)が、

 

代理参拝させていただきます。

 

 

 

正直に・・・

 

誠実に・・・

 

 

 

 

 

 

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