JR西日本「乗ってみよう北陸 WEB早特きっぷ」で行く北陸新幹線と越中富山を乗り鉄の旅〜その3 | 「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」ありのまま生きてこう 自分を磨きながら

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「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」公開中!趣味の鉄道の話題を中心に、旅行記や生まれ育った東大阪、敬愛するロックシンガーソングライター・松阪晶子さんについてなど綴りたいと思います。

みなさんこんにちは。前回からの続きです。


今春あらたに開業した「北陸新幹線 金沢〜敦賀間」に初乗りかたがた、開業に合わせて限定発売されたチケットレス企画乗車券「乗ってみよう北陸 WEB早特21」なるきっぷで、富山周辺を日帰り乗り鉄した道中記をお送りしています。



大阪から「サンダーバード1号」、敦賀で「新幹線つるぎ4号」を乗り継ぎ、3時間ほどかけて富山駅にやってまいりました。時刻は10時前。


さて、いよいよ富山の鉄道を乗り鉄の旅がはじまります。高架下の新幹線の改札を出ますと、その奥にさっそく気になるものを発見。


おっ、路面電車です。
それも改札からは3、40mほど。雨や雪にも濡れませんし、これは便利なものだと感じます。


新幹線と在来線の高架下から発着しているこれは「富山地方鉄道 富山市内線(地鉄軌道線)」。

市内中心部の環状線を含む6系統・7.5kmの路線を持ち、「市電」と親しまれている路面電車です。出典①。



かわいらしい顔つきの車両が、左右に大きく身体を揺らせながら発車して行きました。いい光景です。


ところで、先ほどの改札間近にあったその電停。中央通路には踏切が設けられ、これならば行き来もスムーズ。新幹線と在来線の高架下をうまく活用しています。



入って来た超低床路面電車の行き先は「岩瀬浜(いわせはま、富山市)」。
そう聞くと、ピンと来るものがありました。

この富山駅から北へ、海水浴場でも知られる港町の岩瀬浜までの7.7kmを結んでいるのは、地鉄が経営している路面電車の「富山港線」。



しかしながら2006(平成18)年3月までは「JR西日本 富山港線」という、いち在来線でした。

もとは小さな私鉄だったものを戦時中に国が買収したために駅の数も多く、沿線の工事従事者や住民に親しまれていた路線でした。出典②。


ただし平成に入ってから乗客の減少が目立つようになり、合理化の検討がさまざまなされた結果、一部区間を路面電車に移設した上で移管することになり、2006(平成18)年4月に「富山ライトレール富山港線」としてあらたに開業、後年に富山地鉄の路線となりました。

私鉄が国鉄(→JR)路線となり、再度私鉄に移管されたという、全国的に見ても極めて珍しい例になったのですが、地鉄への移管に当たっては「LRT(Light Rail Transit)」という、次世代型の路面電車として再生を果たします。


さらにJRが地平駅時代、市街地が南北に分断されていたものが、高架化により解消されるのを機に、富山駅を介して南北相互に路線を直結。

富山港線から市内中心部へのアクセスは乗り換えも不要になり、転換後は利用客も増加、沿線も極めて発展しているといいます。出典①。


「路面電車の復権」が叫ばれる昨今ですが、この転換例は大成功のようです。

ところで、富山には実に個性的な鉄道がたくさん存在しています。そのラインナップが高架下のコンコースに並んでいるではないですか。


先ほど見かけた、あたらしい交通システムLRTへと変貌した「富山港線」の最新型車両(右)。


また、昭和時代から市内の重要な足として親しまれているのは、右の旧型車両。


現在、鉄道で富山入りするのには新幹線が主な交通手段ですが、それからフィーダー状に、県東内陸部の立山、宇奈月温泉に向かう「富山地方鉄道」の鉄道線にも、鉄道趣味的には実に興味深い車両がたくさん活躍しているという。

もちろん、県西部にも魅力的な鉄道路線、さらに路面電車が走っています。


今回は日帰り旅ではありますが、時間が許す限り乗り鉄してみようと思っています。到着したばかりですが、とても楽しみです。

ここからは、さらに乗り換えて先に進むことにしています。


新幹線改札を出て、コンコースを右へ。「JR北陸本線」を引き継いだ第三セクター「あいの風とやま鉄道」の改札は、そこにありました。


次回に続きます。

今日はこんなところです。


(出典①「フリー百科事典Wikipedia#富山地方鉄道富山軌道線」)

(出典②「各駅停車全国歴史散歩17 富山県」北日本新聞社編 河出書房新社刊 昭和54年7月発行)