みなさんこんにちは。前回からの続きです。



今年3月、期間限定で発売されたJR東日本全線乗り放題の企画乗車券「キュンパス」で、その北東北の未乗線区を乗り鉄しようと旅した際の様子をお送りしています。



ただいま「仙台空港(宮城県名取市)」。
関空を早朝7時過ぎに発った行程ですが、いよいよ、東北上陸を果たしたところです。 


外に出てみますと、日陰の道端にわずかに雪が残るのを見るにつけ、雪国の遠くまでに来たのだなと感じます。


ターミナルビルの中を散策していますと、ステージのあるアトリウムに出て来ました。


その、傍らにある支柱。
13年前の「東日本大震災」で発生した津波が、このような高さまで押し寄せたという記し。

3.02mといいますから、一階は天井の近くまで冠水したことがわかります。大変な被害です。


この旅の第1日目は、2024(令和6)年3月11日。震災から13年の節目の日でした。当日の地元紙「河北新報」より。


一面では、県内・気仙沼(同気仙沼市)で前日の夜に灯された、慰霊のともし火の様子。
今年正月に発生した「能登半島地震」で犠牲になられた方々の追悼も、という記事でした。



仙台空港に着陸する直前、太平洋岸ぎりぎりに機は降下して行ったことを思い出しました。見るにおだやかな、日常の風景でした。

震災ではここでもどす黒い巨大な津波が押し寄せ、ありとあらゆるものを押し流して行った光景。職場でテレビの特別番組を食い入るように観ていて、これは真実なのか、と呆然となったことはいまでも忘れられません。



あれから、早くも13年の年月が経過しました。

ただそれからも、全国で続く大震災。
今年の能登半島地震もそうですが、必ず誰かが気にかけ見守っていて、寄り添おうとする。そしてともに生きて行く。その尊さというものは東北の大震災以降、つとに感じることです。



そして、災害によって平穏な日常が喪われることは決して人ごとではなく、いつ自分ごとになるかわからないもの。

そう心構えすることがいかに大事かということも、深く心に刻まれることです。


わたしは東北から遠く離れて居を構える者ですが、震災は決して忘れてはならないこと。
今日は、太平洋岸の岩手・青森にも足を運ぶことにしています。身が引き締まる思いです。

あらためて、震災で犠牲になられた方々に対し謹んで哀悼の意を表します。


ところでその傍らには、身の回りでなんか見たことのあるポスターを見つけました。


遠く離れた、ここ東北地方でも「ミャクミャク」登場。大阪は(も?)ともかくですが、関西以外の方々にとっては、万博はどう映っているのでしょうか。気になります。


さて、ここからはまず「仙台駅」に向かうことにしています。降り立ったここ仙台空港は、市の南の郊外「名取市(なとりし)」が所在地。グーグル地図より。


仙台の市街地からは、だいたい10kmほど離れているこの空港からは、鉄道とバスがその中心部へとアクセスをしています。


鉄道駅は、ターミナルビル2階に直結しているという便利な設えですが、さて、どちらに乗るかというところ。どないしよう。

次回に続きます。

今日はこんなところです。