阪和電気鉄道 昭和初期の面影〜その76「泉州を貫く軌跡 阪和電鉄全通90周年」展 Vol.33 | 「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」ありのまま生きてこう 自分を磨きながら

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「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」公開中!趣味の鉄道の話題を中心に、旅行記や生まれ育った東大阪、敬愛するロックシンガーソングライター・松阪晶子さんについてなど綴りたいと思います。

みなさんこんにちは。前回からの続きです。



府南部、和泉市(いずみし)の「弥生文化博物館」で、今年3月まで開催されていた「泉州を貫く軌跡 阪和電鉄全通90周年」という特別展の訪問記をお送りしています。



現在の「JR阪和線」の前身に当たる「阪和電気鉄道」。

昭和初期の開業以来、人口希薄地だった沿線の開発によって定住人口の拡大を狙うとともに、和泉山地に近い、沿線の豊かな自然を活かしたさまざまな開発も、阪和は積極的に行っていた、というテーマで取り上げています。


ではここからは、移り変わる四季に合わせて、沿線で展開されていたレジャーについて、展示から見て参ります。

 

 

解説にもありますが、行楽地を開発しただけではなく、知名度を上げ、興味関心を持って貰い、実際に足を運んで貰うことでようやく成り立つ、というのがレジャー事業です。

 

新興の阪和の場合、沿線各地があまり知られていなかったこともあったでしょうし、インターネットやテレビなどない時代ですから、魅力を伝えようと試みた、実に趣向を凝らした案内リーフレットを多数、発行していたようです。

 

 

今回の展示の中で、釘付けになってしまったのがこのリーフレット!まさに「春の到来」を感じさせるデザイン、秀逸の一言に尽きます。

 

このような美しいイラストひとつ取っても、まずは興味関心を持って貰うことというのは、大事なことだというのを噛み締めます。

 

 

続いては、夏の催しについて。

自然豊かな海と山の両方が沿線に点在していたことが特筆されるのですが、この季節はやはり

昨日の記事で取り上げました「阪和浜寺海水浴場」がその中心になっていたようです。

 

 

阪和が発行していた広報誌「阪和ニュース」、

昭和9年8月1日号(第26号)付録より。

 

しかし、何回見ましてもいまから90年近くも昔に、なかなかの大胆さを感じる紙面です。

くだんの浜寺が大々的に取り上げられていることを考えますと、繰り返しますが、やはりこちらはかなりの活況を呈していたようです。 

 

 

そして、秋の催しへと移ります。 

沿線のハイキングコースも阪和によって整備され、定番の「紅葉狩り」や「きのこ狩り」などに便利な割引つき乗車券の発行や、臨時列車の運行など、週末には気軽に行楽を楽しめるようになって行きました。

 

 

 

展示から少し拝見してみましょう。

こちらは「松竹楽団部女生総出演」とありますが、道頓堀の松竹座で催された演目の案内は「秋のおどり 輝く日本十二景」。

 

勇ましい姿ですが、庶民が気軽にレジャーを楽しめる時代になりつつあったのに対して、戦争の影が少しずつ、忍び寄って来ている頃です。

  

 

これはカッコいいですね!

当時のオシャレな紳士というと、ベレー帽に外套だったのですね。

 

 

しかしこの2つのリーフレット、よくよく見ますと、手や脇になにか挟まれています。

おそらくは、読者割引でのクーポンの類かと思われるのですが、これは凝っています。

 

 

とはいいつつも、おいしいものを食べて、呑んで…となると、やはりこういった光景はいつの時代でも同じなのは、ちょっとほっとします。

それでは、秋の阪和沿線のレジャー、殊においしいものについて、さらに掘り下げてみたいと思います。

 

次回に続きます。 

今日はこんなところです。