懐かしの写真で振り返る「阪神電車大阪梅田駅 今昔物語」その2 | 「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」ありのまま生きてこう 自分を磨きながら

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「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」公開中!趣味の鉄道の話題を中心に、旅行記や生まれ育った東大阪、敬愛するロックシンガーソングライター・松阪晶子さんについてなど綴りたいと思います。

みなさんこんにちは。前回からの続きです。




「阪神電車 大阪梅田駅(大阪市北区)」改札内で掲出されている、この駅の開業以来の歴史を振り返るパネル展示「大阪梅田駅今昔物語」について、あれこれと取り上げています。


今日は「地下化着工」の様子から。


グーグル地図より。
現在の「阪神電車 大阪梅田駅(大阪市北区)」は地図中、赤い□付近。


現在の地下駅の様子、改札外から。こちらには、地下線(赤い↓)で乗り入れています。


もともと、阪神は梅田に地上にターミナルを設けていました。
ただし、明治期の開業当時は街外れだった梅田周辺も、大正から昭和初期に入ると、急速に開発が進んだことなどから、駅を含む線路を地下化することになりました。


その、地下化が進められているショットが!
これはなかなか、貴重な記録です。

見た感じ、建設が進められているのは半地下部分というところ。おそらくは、地上線から地下線へ切り替えられようとする地点でしょうか。


左側には、地上を走る電車の姿も見られます。
奥に向かって、半地下の線路は神戸方面に向かって勾配にかかっているので、右側が北方向だとわかります。


そして、現在も使用されている梅田地下駅は1939(昭和14)年3月に開業しました。
線路の勾配具合から、上の写真が撮影された場所から真反対を向いたあたりだと思われます。

後方のビルは「大阪中央郵便局」。
しかし、地下線に入ろうとする車両の、なんとスタイリッシュなデザインです。



大量輸送の必要が高まっていたこの頃、大阪では「地下鉄御堂筋線」も開業(昭和8年)、これに近接する形での梅田地下駅乗り入れは、阪神にとっては悲願だったようです。

次回に続きます。
今日はこんなところです。