2つの支線を乗り継いで~JR羽衣線と南海高師浜線を巡る その2 | 「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」ありのまま生きてこう 自分を磨きながら

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「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」公開中!趣味の鉄道の話題を中心に、旅行記や生まれ育った東大阪、敬愛するロックシンガーソングライター・松阪晶子さんについてなど綴りたいと思います。

みなさんこんにちは。前回からの続きです。

大阪市の南、堺市と高石市にまたがった「JR羽衣線(はごろもせん)」と「南海高師浜線(たかしのはません)」の乗り鉄記をお送りしています。
この2路線は「支線同士で乗り継ぎが出来る」という全国的にも珍しい路線でもあります。
 
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さて、まずは「JR阪和線 天王寺駅(大阪市天王寺区)」にやって来たところでした。
ここからは最初の支線「JR羽衣線」の始発駅「鳳駅(おおとりえき、大阪府堺市西区)」へ、その阪和線で向かうことにしています。
 
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ここからは運転台うしろからのかぶりつき画像をご覧頂きたいと思います。「阪和線天王寺駅」は、大阪環状線や大和路線の線路・ホームから一段上がった台地の上に設けられています(右下に環状線の電車が見えます)。
 
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ほどなくゆっくりと発車。構内の、複雑な分岐器を過ぎて行きます。
 
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左側は留置線。8両編成の電車が停まっていました。
 
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ここで、大阪環状線をこの鉄橋で跨ぎます。
 
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続いて、右側より「大阪環状線→阪和線」への連絡線が合流。
先ほどの「阪和線天王寺駅」は行き止まり式のターミナル駅なので、大阪環状線に直通する「関空快速」「紀州路快速」や、新大阪・京都方面への「特急くろしお」「関空特急はるか」などがここを経由しています。
 
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続いて、反対方向の「阪和線→大阪環状線」への連絡線分岐部分を通過。
日中は1時間あたり「関空・紀州路快速」が上下8本、特急が4~6本通過するという、重要な分岐・合流地点として機能しています。
 
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ここを過ぎますと、ようやく列車は速度を上げます。
高々架でまたぐのは、橿原神宮前・吉野方面へ向かう「近鉄南大阪線」。
 
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しばらく進みますと、高架線のすぐ近くまで住宅や商店が近づくという、大阪の下町といった情緒になります。
 
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ひとつ隣の「美章園駅(びしょうえんえき、同阿倍野区)」を通過。
 
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ところで、ここまで通過して来た高架線に設置されている架線柱。
実に、特徴的なデザインをしています。左右の柱の先端がすぼまっている姿など、どことなく優美な感じさえします。
 
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前回の記事でも触れましたが、いま乗車している「JR阪和線」はもともと、昭和4(1929)年に「阪和電気鉄道」という私鉄路線として建設されたという経緯があります。その後紆余曲折を経て、終戦の前年・昭和19(1944)年に当時の鉄道省に強制的に合併された後、旧国鉄を経て現在に至るのですが
この特徴的な架線柱は「阪和電気鉄道」の名残です。
 
架線柱のみならず、沿線の駅舎には「阪和電気鉄道」の頃に建設されたデザイン性の高いものが現存していて、趣味的に実に興味深いものだったりします。この区間は、開業時からの高架線をそのまま使用しているので、その頃の大きな遺産であるこの架線柱も、そのまま残されているという次第です。
 
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その開業時からの高架区間を過ぎると、くだんの架線柱は近代的なものに変わります。ここから先は、JRになってから高架化された区間だということが架線柱の形状からわかります。
 
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軌条がスラブ軌道に変わりました。高架化前は阪和電気鉄道時代から「開かずの踏切」が連続し、社会問題に発展するほどのものでしたが、いまやそんなことは想起し得ないほど立派な高架線になりました。
 
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そうこうしていますと、走ること15分ほどで最初の目的地「鳳駅」に到着。
ここで1つ目の支線「JR羽衣線」に乗り換えます。
 
次回に続きます。
今日はこんなところです。