
「北海道旅行」の第一歩を踏み出したばかりですが、さっそく途中下車した「南千歳駅」で乗り継ぎ列車を待っているところです。

橋上の改札階へと上がって来ました。上下線ホームを結ぶ通路はガラス張りということで、強い陽射しがさんさんと降り注ぎ、暑いくらいです。大変開放的なのですが…

改札口を振り返ってみますと、やはりこちらも「防寒対策」ということでしょうか、ガラス扉で区切りがなされていました。
この暑いくらいの天候なのですが、こういった厳重な「防寒対策」がなされていることを見るにつけ、北海度という土地の季節の格差と言うものをまたも感じた次第です。

さて、この「南千歳駅」は、つい先ほど降り立った「新千歳空港」の敷地のすぐ近くです。
空港へのアクセスは、この「JR線」だけではなく千歳市内から運行されている路線バスでも可能なようです。
また、「支笏湖(しこつこ)」という地名も見られます。

日本での前回のサミットが開催された「洞爺湖(とうやこ)」と並ぶ人気のリゾート地ですが、ここも最寄り駅のひとつのようです(主要なアクセスは、いまから向かおうとしている「苫小牧駅」からです)。

ところで、近代以前はこのあたり一帯をアイヌ語で「シ・コッ(大きな・窪地)」と呼称していて、「支笏湖」はその音に漢字を当てたそうですが、「シコツ」は「死骨」に通じるので縁起が悪い、ということで、江戸末期にこの地を統治していたお役人が、上司の箱館奉行・羽太正養(はぶと・まさやす、1752-1814)という人物にあらたな地名の命名を願い出、羽太は支笏湖から流れ出す川(現在の「千歳川」)に「鶴が多数飛来する」という光景を見て、「鶴は千年、亀は万年」の故事からここを「千歳」と命名したそうです。
「北海道の地名」といいますと、先ほども触れた「アイヌ語」がもとになっていることが特徴的なのですが、近世になってあらたに渡道した和人による解釈(この場合は「故事」ですが)、そういった命名の方法も存在していたのですね。
「地理オタク」のわたしとしては大変興味深いところです。
(「アイヌ語に由来する北海道の地名、駅名」については、後日の回でも随時取り上げたいと思います)。
【出典】「各駅停車全国歴史散歩1・2 北海道」
(北海道新聞社編、河出書房新社刊 昭和54年9月初版 絶版 P143)

待ち合いで待機するとは言ったものの、まだ時間があるので駅の北口へ出てみました。立派な自由通路があります。

タクシーが並ぶロータリーの向こうには、大きな駐車場と商業施設が見えます。

駅前には広大な開発地がありまして、そのひとつの「千歳アウトレットモール・レラ」という施設でした。
そういえば、空港内にも「出発の前に最後のお買い物!」と言った広告があったことを思い出しました。その文句どおり「空港ひとつ手前の駅前」という、この立地条件は他にはないウリになるのではないかと思ったりするのですが。

しかし、気の遠くなるような強い陽射しでした。
そんな中強風が吹き抜け、ふとカメラを構えた先に、離陸したばかりの航空機がジェット音を響かせながら上昇していく光景が印象的でした。

改札口へ戻ります。ぼちぼち、乗り換え列車の改札がはじまるところでした。

さて、ここからは南方向へと向かいます。乗車するのは「特急北斗8号 函館ゆき」です。

先ほど、「新千歳空港」で見かけたこの「南千歳駅での乗り継ぎ列車」案内とまったく同じです。
しかし、購入している「一日散歩きっぷ」では「特急列車」には乗車出来ないので「苫小牧駅(とまこまいえき、胆振管内苫小牧市)」までの自由席特急券、乗車券も同時に用意していました。

「先行の普通列車が遅れている」ということで、「特急北斗8号」も10分ほど遅れて到着。これに乗車します。

自由席はがらがらでした。発車後まもなく、車窓にはこのように広大な田園風景が広がります。

軽快にアイドリング音を響かせながら快調に飛ばして行きます。しかしこの光景、「いよいよ北海道へ来たのだな」と感じさせられます。

ところで、座席前には「車内販売の案内」がはさまれていました。

やはり、話題の「北海道新幹線」にまつわるものが多いですね。
デザインも秀逸ですが、「おみやげ」まであるとは。

「車内販売ならでは」の「お弁当」も取り揃えられているようです。
食指をそそるさまざまな種類があるようですが、「乗車2日前までの事前予約が必要」とただし書きがあったりします。そのあたりは「なかなか需要が読めない難しさゆえ」といったところでしょうか。
しかし、新幹線ではまだしも在来線特急で「車内販売が必ず乗車している」という安心感は大きいものがあると感じます。

そうこうしているうちに、車窓にコンテナの集積基地が見えて来ました。
「JR貨物」の「苫小牧貨物駅」です。
次回に続きます。
今日はこんなところです。