「愛・地球博(愛知万博)」、その「瀬戸会場跡」に広がる「あいち海上の森(かいしょのもり)」(愛知県瀬戸市)を散策しています。
確かにここです!「新築だった当時」と、「11年経過した現在」の経過がわかります。

さて、緑濃い遊歩道を進みますとこの「木造建築」が現れました。
自由に見学出来るようなので、さっそく入ってみようかと思います。


外装もですが、内部もやはり木が多いですね。一度はこのような家に住んでみたい(笑)ところで、この建物にはいったいなにがあるのかといいますと…

これはすごいですね!陶器がいっぱいです。
すべて、この周辺で発掘されたものだそうです。


さまざまな出土品の中に「茶碗」がありました。
現在でも普通に使用しているものですが、それゆえに食文化というのははるか昔から同じものだったのだなと、あたりまえですが感心します。

これは「水がめ」?でしょうか。はたまた、作物の種子を保管したりしていたのでしょうか。
いずれにしても「命をつなぐ大切なもの」だったのでしょうね。

館内には説明板もありました。
ところで、ここは「瀬戸焼」で有名な「尾張瀬戸(おわりせと)」です。
その歴史は極めて古いそうですが、説明によりますとこれらの出土品は「約1000年以上前」に生産されたものだとのこと。

そして、建物から延びる階段を降りて行きますとこのような光景が広がっていました。破損している陶器が多いですが、洗えばすぐに使えそうなものもあったりと(笑)なかなか壮観です。

実はこれ、「窯の跡」だったのですね。これも「1000年以上前」のものだそうです。
そのような昔でも、このようにしっかりとした構造のものがあったのですね。
ここまで見て徐々に思い出して来たのですが、万博当時の自然散策プログラム、「里の自然学校」でもこの「窯跡」の訪問が組み込まれていました。
すっかり忘れていました( ̄▽ ̄)
その証拠、と言ってはなんですが、ここでまた「当時撮影したショット」と「再訪時のショット」を定点観測してみることにします。

建物の裏側にやって来ました。どうということもない風景なのですが…

確かにここです!「新築だった当時」と、「11年経過した現在」の経過がわかります。

建物から延びる階段を降りてみます。


こちらもそのままですね。この高低差を見るにつけ「窯って大きいねんなあ」などと、他の参加者と驚嘆したのを思い出しました(^ ^)

「窯の見学」を終えたあとは、さらに奥へと歩を進めました。

半円状に設けられた石垣の上を歩きました。これは覚えています。
現在は水はありませんが、当時は浅いながらも水の流れがあったのでちょっと怖かった記憶があります。
森を奥へと進んで行きます。
次回に続きます。
今日はこんなところです。