PLAYBACK EXPO2005~「愛・地球博」の残影を探して~その2 | 「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」ありのまま生きてこう 自分を磨きながら

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「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」公開中!趣味の鉄道の話題を中心に、旅行記や生まれ育った東大阪、敬愛するロックシンガーソングライター・松阪晶子さんについてなど綴りたいと思います。

みなさんこんにちは。
「11年振りの愛・地球博会場を訪問する旅」をしています。

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終着、「近鉄名古屋駅(きんてつなごやえき、名古屋市中村区)」に到着しました。
「アーバンライナー」での2時間の旅でしたが、居眠りも含めて(笑)実に快適な乗車でした。

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ホームに降り立ちますと、これは結構な人出でした。
「伊勢志摩方面」へ向かおうとする乗客のようです。

この時刻ですと「東京方面」からでも、「東海道新幹線」で「東京駅」を午前7時頃に発車する便で到着出来たりするので、「朝一の伊勢志摩入り」にはちょうどいい時間帯なのかも知れません。

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しばらくしますと下車した「アーバンライナー」の隣に「伊勢志摩ライナー」が入って来ます。文字通り「伊勢志摩方面」へと向かう特急列車なのですが、ホームで待機していた乗客が列をなして乗車して行きました。

これから「伊勢志摩への旅のはじまり」なのですね。

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しばらく、駅に出入りする電車を眺めていますと「大阪難波ゆき」の特急列車が入って来ました。こちらは「沿線主要駅に停車するタイプの便」です。

この車両は「スナックカー」という愛称で呼ばれています。
昭和40年代に登場した際、車内に「スナックコーナー」なるものが設置されていて、あたたかい軽食事などを提供していたことが愛称の由来です。

しかし、駅構内の売店やコンビニエンスストアの充実などで「スナックコーナー」は廃止され、いまや愛称として残るのみとなっています。
また、同時に行われていた「車内販売」も同様の理由で一時全廃されてしまったのですが、こちらは数年前から一部の列車で再開されるなど、往年の姿への兆しが見られている「近鉄特急」です。

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さて、多くの人通りをかき分けるようにしてやって来たのは「JR名古屋駅」です。

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かつて「万博」が開催されていた「愛知県東部丘陵」の「長久手会場(ながくてかいじょう)」と「瀬戸会場(せとかいじょう)」へは、ここから「JR線」もしくは「名古屋市地下鉄東山線(ひがしやません)」が主要なアクセスを担っていました。

※出典「2005年日本国際博覧会 愛・地球博公式ガイドブック」
(財団法人2005年日本国際博覧会協会 平成17年3月31日発行 P286

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当時、わたしは「鉄道での万博会場入り」には前者の「JR線ルート」をよく利用していたので、今回もそのルートをたどることにしました。

ちなみに、今日は「瀬戸会場跡」を訪問する予定にしています。

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乗車するのは「中央本線(ちゅうおうほんせん)」です。
会期中は「エキスポシャトル」という臨時列車が頻繁に運転されていましたが、もちろん現在では設定がありません。

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「名古屋駅」から30分ほど、「高蔵寺駅(こうぞうじえき、愛知県春日井市)」に到着。
天気は良いのですが、ホームに降り立ちますと寒風が吹き抜けて行きました。

この駅でさらに乗り換えです。

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「愛知環状鉄道(あいちかんじょうてつどう)」に乗り換えました。
この駅から「岡崎駅(おかざきえき、愛知県岡崎市)」まで、県内の外郭都市を半環状に結ぶ路線です。

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車両は「JR東海」のものとよく似たデザインですが、緑をイメージした意匠が目を引きます。
待ち時間は10分弱と、絶妙な接続です。

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2両編成の車内はこのような感じでした。地元の方々と思しき乗客が多いようです。
「高蔵寺駅」を出ますと、直線の続く高架を快速で走ります。

当時も感じたのですが、結構高い位置の高架なので景色の良さが印象的です。

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「深い森林」と「住宅街」とが、長いトンネルを介して交錯する沿線を走ること20分、今日の「第一目的地」が近づきました。

万博期間中、鉄道アクセスの拠点となっていた「八草駅(やくさえき)」です。

次回に続きます。
今日はこんなところです。