「たじまフリーきっぷ」で巡る 夏の但馬旅行2014 その10 | 「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」ありのまま生きてこう 自分を磨きながら

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「EXPO2025 大阪・関西万博訪問記」公開中!趣味の鉄道の話題を中心に、旅行記や生まれ育った東大阪、敬愛するロックシンガーソングライター・松阪晶子さんについてなど綴りたいと思います。

みなさんこんにちは。前回からの続きです。
「豊岡」から「山陰の小京都」、「出石(いずし)」に向かっています。
 
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「豊岡駅前」から「全但バス」に揺られること30分ほど、終点「出石」停留所に到着
しました。
 
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目抜き通りの様子ですが…
あいかわらず強い日差しで、雲ひとつありません<(`^´)>
 
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さて、その目抜き通りから一歩、旧市街地に入るとこのような幟や看板が目に付きます。
 
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そうです、ここ「出石」は「皿そば」が有名なところです。
「出石」で「皿そば」が根付いた理由を、毎度おなじみ「Wikipedia」で調べてみました。
 
 江戸時代中期の宝永3年(1706年)信濃国上田藩より但馬国出石藩に
 国替えとなった藩主が、蕎麦(信州そば)職人を連れてきたこと
 に始まるとされる。現在は割り子そばの形態をとっており、この形式
 となったのは幕末の頃で、屋台で供される際に持ち運びが便利な手塩
 皿(てしょうざら)に蕎麦を盛って提供したことに始まるとされる。
 昭和30年代に「出石皿そば」として現在見られるスタイルが確立さ
 た。
 
 店舗では通常1人前5皿で供される。1皿に盛られた蕎麦の量は23口程
 度であり、1皿単位での追加注文も可能な店が多い。蕎麦は実を丸引き
 しており、色は茶褐色である。徳利に入ったダシと、薬味として刻み
 ネギ・おろし大根・おろしワサビ・トロロ・生鶏卵1個などが出される。
 わさびはおろさずに出てきて客が自分でおろすようになっている場合も
 ある。
 蕎麦猪口にダシと薬味を好み分入れ蕎麦を浸して食する。以前は出雲
 割り子そばのように皿に直接ダシと薬味をかけて食していたという。
 「挽きたて」「打ちたて」「茹がきたて」の”三たて”が伝統的な信
 条とされている。
 
ということで、ルーツは古くから「そば」の本場であった「信州そば」だったのですね。
これは知らなかったです。
 
江戸時代の徳川幕藩体制でよく見られた「国替え」ですが、これが所以で伝承さ
れたものとは、「国替え」がもし「出石」でなかったら、また別の地で「そば」が著名
になっていたのかも知れないですね。歴史は実に奇なるものです。
 
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さて、その「旧市街地」を先に進んでみます。
 
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こちらの「皿そば 山下」さんで、「皿そば」の昼食を摂ることにしました。
蔵をモチーフにしたものでしょうか、趣のある建物です。
 
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とりあえず、「1人前」を注文すると、ほどなく「皿そば5皿」と「つゆ」「薬味」「生卵」などが運ばれて来ました。
 
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見た感じは、普段よく目にする少々濃い色のものではなく、きれいな色の麺をして
いるように思います。
だいたい、「3~4口分くらいの量」でしょうか。
 
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さっそく頂くことにしますが、のどごしはよく、つるつるとした食感がたまらない。
 
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「皿」には、こういったかわいらしいイラストが描かれていて楽しいものです。
 
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もちろん、これだけでは事足りないので「追加注文」します。
「追加」は「1皿」からOK、ということなので、都合「10皿」、それを平らげてからさらに
「10皿」を再度追加注文。
 
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わたしも娘も「そば」は好物なので、あっという間に完食しました。
腹持ちもいいように感じましたし、何より実においしかった。
食後の「そば湯」もこれまたコクがあって独特の風味でした。
 
ということで、ばくばく食べるわたしと娘を傍らで静観していた嫁に少々呆れられながら(今回、こういう光景が多いですね笑)楽しい食事でした。
 
次回に続きます。
今日はこんなところです。