禊の銭湯となりました | 無精庵徒然草

無精庵徒然草

無聊をかこつ生活に憧れてるので、タイトルが無聊庵にしたい…けど、当面は従前通り「無精庵徒然草」とします。なんでも日記サイトです。08年、富山に帰郷。富山情報が増える…はず。

 怒涛の繁忙期も過ぎて、ほんの少し、ホッとできる瞬間もできた…と思ったのは、甘かった。昨日はアメリカシロヒトリの駆除(薬剤が足りず、半端に終わっている)、今日は町内会の雑事と、メインはお墓参り。



090813haka

← 我が家のお墓。周りのお墓は、みんなとっても、綺麗。貫禄? みすぼらしい。石が相当に弱っていて、下手に磨いたり、苔を落とすこともできない。父の祖父の代、本家から土地(ほとんどが田圃)を分けてもらって分家。今日の墓参りは、小生一人。



 母は無理として、父はあるいは墓参りに行く気持ちはあったようだが、天候が思わしくなく、傘を差して現地へ赴くのも憚られ、小生ひとり、墓地へ。



 一帯の田圃の原の一角に誰(決まった寺)に管理されることのない墓地としてある。
 墓地の脇には今も小川が流れている。


 ガキの頃、小川に向かって一家で「おしょらい 」などをやったものである。
 その小川も、護岸されて久しい(下に掲げる写真を参照のこと)。


 何十年の昔までは、この墓地の近くにも我が家の田圃があった。
 我が家の田圃は家の目の前の一反弱の田圃以外にも、小生が知るだけでも他に三箇所は田圃があった(ガキの頃の小生の記憶に残らなかっただけで、他にもあったらしい)。


 すべて、とっくに人の手に渡っている。
 一つは、近所の方の手に渡り、一つも他人の手に渡って、保育所などが建っている。
 残りの一つ、墓地の近くの田圃はやはり今はやはり近所の方の手に渡り、大きな駐車場などになっている。

 最後まで残っていた我が家の前の田圃も数年前、稲作を放棄してしまっている(土地は稲作を止める何年も前に他家に渡り、今は近所の方々の畑となっている。


 我が家の土地は、今では家の周りの、雑草の生い茂る僅かな庭とほとんど何も育てていない畑のみとなってしまった。
 父は庭造りには無関心になってしまっている。
 庭もそのうち、削られて、駐車場へ変貌するという可能性さえ、予感させる。
 


 上記したように、このところの目の回る忙しさも、幾分だけ緩和してきている。
 特にこの十日間は日々、汗ビッショリの作業が続き、毎日、シャワーを浴びて(…というのは、無理があって、シャワーも不具合となっていて、温水がチョロチョロと垂れ零れるだけ。無論、風呂は論外。父母はデイサービスで入浴している)、汚れを落としたり気分転換を図ってきたが、今日、繁忙期の峠も越したことだし、久しぶりに風呂に入ろうかと思い立った。


 この前、銭湯へ行ったのはいつのことだったか。
 冬の終わり頃、そろそろ春の声が聞こえてきた頃だったか。
 風呂場でのシャワーは、水(お湯)の出が悪すぎて、とてもじゃないが、自宅でシャワーなど浴びようものなら、間違いなく寒さに負けて風邪を引くのは必定で、冬の間は週に一度のペースで銭湯へ足を運んでいたのだった。
 だから、銭湯(入浴)は半年ぶり…かもしれない。



 父の様子をうかがう。
 墓掃除もだったが、墓参りも、やはり、腰が重そう。
 気持ちはあるが、体がついてこないのだろう。


 ということで、夕方近く、五時頃、ひとり、墓地へ。
 ペットボトルに水、昨日、買っておいた供花、線香、蝋燭、ライターなどを自転車の籠に積んで、いざ。



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→ 墓地の脇を流れる小川(農業用水路だったのだろうが)。昨年のお盆に撮影。この左側に墓地がある。「お盆のこと 「おしょらい」のこと 」を参照のこと。



 さすがに大半の家の墓はもう、墓参りが済んでいて、お花が供えられ、線香が燃え残っている。
 見知らぬ家の方の、老母と息子の二人の一家の方だけが、ちょうどお墓参りの最中だった。

 風が強く、蝋燭は、点けた先から吹き消されているようで、どの家の墓の蝋燭も灯っていない。


 花を供え、線香を立て、蝋燭も差し掛けて、火を灯し、蝋燭の炎が消えるまでのほんの数瞬の間にデジカメで撮影した。
 それが上掲の写真。


 写真では分かりづらいが、線香は風の御陰なのだろう、一旦、火がつくと、ずっと燻り続けてくれるので、紫の煙があがっている。


 ということで、半年ぶりの銭湯は、思いがけず、お墓参りのための禊(みそぎ)の入浴となった。
 仏事に禊という言葉も似つかわしくないのかもしれないが。





参考:
お盆のこと 「おしょらい」のこと

                                   (09/08/13 作)