ポムニット・セレシアは、王国歴812年から活動が確認されているセレシア教会所属の神秘学者であり、同時に中央学院の客員講師を務めた人物である。主に神聖言語の研究や魂の転写技術の理論化で知られ、後世の学術体系に大きな影響を与えた。作中では宗教組織と学問機関の双方に属する立場から、信仰と理性の狭間で揺れる象徴的な人物として描かれている。彼女の名は「ポムニット写本」や「セレシア断章」など、複数の資料に登場し、その存在が現実的か幻想的かについては作中でも議論が続いている。
ポムニットの出身地は北方の寒冷地域ルーンフィアとされており、同地で修道院教育を受けたことが記録に残る。幼少期より記憶保持能力に優れ、通常の修道士が数年かけて習得する祈祷文を短期間で暗記したと伝えられている。13歳で教会の学徒として正式に登録され、18歳で神学部門の書記官補に任命された。その後、神聖言語を用いた祈祷体系の改訂に関わり、聖典解釈の方法を体系化したことが転機となる。22歳の頃、彼女は古代遺跡リーヴァ遺構で発見された碑文の解読に成功し、これがのちに「魂の転写理論」と呼ばれる研究の端緒となった。この成果により、セレシア教会から異例の推薦を受け、中央学院へ派遣されることになる。
中央学院では神学と理論魔術の境界領域を研究し、学派間で対立していた「魂は不可分か」「転写は模倣か」という議論に実証的な視点を導入した。学院記録によると、彼女は「観測者の意識が記録対象を歪める」と述べ、魂の転写が純粋な再現でないことを指摘している。この発言は当時の信徒層に波紋を呼び、教会からの監視対象となった。一方で、学問的な成果は高く評価され、学院内では独自の講義「形而上記憶学」を担当した。この講義は後年、多くの研究者に影響を与え、「ポムニット派」と呼ばれる思想潮流を生み出すに至った。
物語本編では、ポムニットは第二部「灰色の年代記」において重要な役割を果たす。初登場は学院地下書庫のシーンで、主人公に封印書物の解読方法を教える場面である。彼女は中立的な立場を保ちながらも、教会の思惑を察して行動し、主人公らに知識の一部を託す。その後、彼女の研究が禁忌指定を受け、学院を追放される事件が発生する。逃亡の末、古代都市ネオ=セレシアに到達した彼女は、魂転写の最終実験を行い、肉体を失って精神のみの存在となる。この出来事が「セレシア消失事件」と呼ばれ、物語の転換点となる。
彼女と深い関わりを持つ人物としては、主人公の師であるオルヴァン・クローディアス、そして対立者である枢機卿アリスト・ノルフェンが挙げられる。オルヴァンとは学院時代の同僚であり、彼女の理論に共感して共同研究を行っていたが、後に思想の相違から袂を分かつ。アリストとは教義解釈をめぐって長期にわたり論争を続け、最終的に彼女の追放命令を出した張本人とされる。また、教会書記官のラトリエ・フォルンとは信頼関係を築いており、逃亡後も密かに文通を交わしていた記録が残っている。
ポムニットの人物像は冷静で理知的だが、内面には強い執着心と孤独が描かれている。彼女は他者との関係を慎重に保ちながらも、真理を追い求める意志に忠実であった。作中の台詞「記憶は祈りの形式であり、忘却はその終わりではない」は、彼女の思想を象徴する言葉として知られる。この言葉は、記憶を単なる情報ではなく魂の反映とみなす考え方に基づいており、後の学派にも影響を及ぼした。また、彼女は信仰を否定するのではなく、信仰の構造を理解しようとする立場に立っていた。そのため、信者からは異端視されつつも、知識人からは尊敬の対象とされた。
物語全体において、ポムニット・セレシアの存在は信仰と理性の対立を象徴している。彼女の行動は、教会の権威に疑問を投げかける契機となり、主人公が世界の構造を理解するきっかけを与える。彼女の研究は一時的に封印されたものの、後世の登場人物たちがその理論を再発見し、物語の終盤で重要な役割を果たす。特に、彼女が残した「セレシア断章」は、最終章で真実を解き明かす鍵となり、物語全体を貫く「記憶と存在」のテーマを補完する。
作中で明言されることはないが、魂転写の実験後もポムニットの意識が一部の媒体に残存していることが示唆されている。終盤、主人公が書庫の奥で聞く「観測者が記録される番よ」という声は、彼女の存在が完全には消えていないことを暗示している。この描写は、多くの読者に解釈の余地を与え、彼女が本当に消滅したのか、それとも形を変えて残り続けているのかという議論を生んだ。
ポムニット・セレシアは、作品内で一貫して「知を通して神に近づく」という思想を体現している。彼女の歩んだ道は孤独でありながら、後に続く者たちに多くの問いを残した。その存在は、物語世界における精神的支柱のひとつであり、信仰・理性・記憶の関係を描く上で欠かせない人物とされている。