椎名まみ(しいな まみ)は、SF作品『アーケイン・リンク・クロニクル』に登場する主要な人物の一人である。 彼女は、現代社会の裏で発生する特殊エネルギー「エーテル」関連の事件を秘密裏に処理する国際機関「イージス」の日本支部に所属している。 組織内での公式な役職は「オペレーター」だが、彼女の真の役割は「観測者(オブザーバー)」と呼ばれる特殊なものである。 これは、常人には感知できないエーテルの流れや揺らぎを広範囲にわたって精密に把握する能力を持つ者に与えられるコードネームである。 物語の初期においては、主人公・海藤カイトを導くサポート役、あるいはヒロインの一人として登場する。 しかし、物語が進行するにつれて、彼女自身の能力と過去が世界の存亡に関わる重要な鍵であることが判明していく。 彼女は、作品の根幹をなす「エーテル」という存在の謎を解き明かす上で、中心的な立場に置かれている。
彼女は、日本有数のエーテル高濃度地域とされる東北地方の山中にある「遠音(とおね)の里」の出身である。 この里は、古来よりエーテルの源流とされる「龍脈の祠」を守護する役目を持つ椎名家の本家筋によって治められていた。 まみは、その椎名家の直系として生まれ、幼少期から一族の中でも突出したエーテル感知能力を示していた。 特に、微細なエーテルの流れを識別し、未来に起こりうるエーテルの「氾濫」を予知するような兆候を見せていたとされる。 しかし、物語開始の10年前、彼女が8歳の時、里全域を巻き込む大規模なエーテル暴走事故「遠音大消失(ザ・グレート・ヴァニッシュ)」が発生した。 この事件により、里は物理的に地図から消滅し、まみを除く全住民が死亡または行方不明となった。 彼女はこの事件の唯一の生存者であり、災害発生から三日後、エーテルの異常を察知して調査に訪れた「イージス」の部隊によって、祠の跡地で意識不明の状態で発見された。 発見当時、彼女は暴走するエーテルの中心にいながらも、奇跡的に無傷であったという。 この際、彼女を直接保護したのが、当時イージスの現場指揮官であった高梨源司である。 身寄りを失ったまみはイージスに引き取られ、高梨を後見人として組織の保護下で成長した。 彼女は自らの能力が「遠音大消失」の引き金になったのではないかという疑念と罪悪感を抱えながら、その能力を制御し、他者のために役立てる道を選ぶ。 公式記録上は「オペレーター訓練生」として扱われながら、水面下で「観測者」としての特殊訓練を受け、16歳でイージス日本支部の正式な隊員となった。
物語の第一部では、イージス日本支部の司令室に常駐するオペレーターとして登場する。 彼女は、東京・新宿副都心で発生した大規模なエーテル暴走事件に際し、現場の混乱に巻き込まれた一般市民、海藤カイトが予期せずエーテル能力者として覚醒する瞬間を「観測」する。 彼女は現場チームを的確に誘導し、暴走するカイトを保護する作戦を指揮した。 その後、カイトがイージスに加入してからは、彼の直属のオペレーター兼監視役として行動を共にすることが多くなる。 カイトが自らの強大な力を制御できずに苦しむ中、まみは自らの感知能力を用いて彼のエーテル状態を安定させるサポートを行う。 中盤、敵対組織である「ヴォイド」が「遠音大消失」の再現を目的としたテロ活動を開始する。 「ヴォイド」のリーダーであるアリアスは、まみの能力こそが計画の最後のピースであると断言し、彼女を執拗に狙う。 イージス本部が「ヴォイド」の襲撃を受けた際、カイトを守るために、まみは自らの能力を「観測」から「干渉」へと発展させる。 この時、彼女の能力の本質が、エーテルを「安定化」させ、無害化する稀有なものであることが判明する。 それまで受動的だった彼女が、初めて自らの意志で能力を行使し、敵を退ける重要な転換点となる。 終盤、アリアスは「遠音の祠」の跡地で異次元と現実を繋ぐ「混沌の門(ケイオス・ゲート)」を開放しようと試みる。 ゲートの暴走により世界的な危機が迫る中、まみは自らの身体を触媒とし、自身の「安定化」能力を最大限制御することで、ゲートの崩壊を内側から食い止める。 最終決戦の後、彼女は物理的な肉体を失う代償として、その意識を世界中のエーテルネットワークと融合させ、地球規模の「観測者」として世界の均衡を保つ存在へと昇華した。
海藤カイト(かいとう かいと): 物語の主人公であり、強大なエーテルを内包する「特異点」。 まみは当初、彼を「観測」と「監視」の対象として見ていたが、彼の直向きさや他者を守ろうとする姿に触れ、次第に信頼関係を築いていく。 カイトにとってまみは、自らの力の暴走を止めてくれる唯一の存在であり、精神的な支えでもある。 二人は互いに欠けた部分を補い合うパートナーとして描かれている。
高梨源司(たかなし げんじ): イージス日本支部のリーダー。階級は司令。 「遠音大消失」の際にまみを救出した保護者であり、彼女にとっては育ての親であり上官でもある。 彼はまみの能力が持つ危険性と重要性を誰よりも理解しており、彼女を組織の道具としてではなく、一人の人間として守ろうと努めている。 まみもまた、高梨に対しては深い感謝と尊敬の念を抱いている。
アリアス: 敵対組織「ヴォイド」の指導者。本作における主要な敵対者。 彼はかつてイージスの研究者であったが、エーテルの可能性を追求するあまり過激な思想に傾倒した。 「遠音大消失」を引き起こした張本人であり、まみにとっては故郷と家族を奪った仇敵にあたる。 アリアスは、まみの「安定化」能力を「世界の停滞」として否定し、自らが目指す「混沌による進化」と対立する。
リゼット・キルシュ: イージス欧州支部から派遣された戦闘要員。 当初は、まみの能力に依存するカイトや日本支部のやり方を「非効率」と批判し、まみとも対立する。 しかし、共闘を通じてまみの意志の強さと能力の真価を認め、最終的には良き理解者の一人となる。
彼女は口数が少なく、感情の起伏をほとんど表に出さない。 これは、常に膨大な量のエーテル情報を脳内で処理し続けているため、外部へのリアクションが抑制されていることや、過去のトラウマによって感情を閉ざしていることが原因とされる。 しかし、冷淡なわけではなく、内面には他者への深い共感と慈愛の精神を秘めている。 特に、自分と同じように力によって苦しむ人々に対しては、強い関心と庇護欲を見せる。 彼女の行動原理は、一貫して「秩序の維持」と「犠牲の回避」である。 故郷を失った経験から、エーテルの力が無秩序に解放されることへの強い恐怖と警戒心を抱いている。 物事を常に客観的かつ分析的に捉える視点を持ち、危機的な状況においても冷静な判断を下す。 イージスの理念である「エーテルの管理による人類の保護」を信じているが、物語が進むにつれて、管理されるべきはエーテルそのものではなく、それを利用する「人の心」であると考えるようになる。
椎名まみの存在は、物語全体を通じて「エーテル」という未知のエネルギーの性質を定義する上で、決定的な役割を果たしている。 当初は「観測」という受動的な役割であった彼女が、「安定化」という能動的な力に目覚める過程は、物語のテーマである「力との共存」を象徴している。 彼女がいなければ、主人公のカイトは自らの力の暴走を克服できず、物語の初期段階で破綻していた可能性が高い。 また、彼女の能力は、物理的な戦闘力とは異なる「制御」という概念を作品世界にもたらした。 これにより、物語は単なる異能バトルから、「いかにして強大な力と向き合い、管理していくか」という深い問いかけへと発展した。 最終的に彼女が人間という枠を超えた存在となる結末は、個人の幸福と世界の平和という二律背反のテーマに対する、作品なりの一つの答えとして提示されている。