ポトフ(Pot-au-feu)とは、フランスの家庭料理の一つである。

フランス語で「火にかけた鍋」を意味する、フランスにおけるおふくろの味であり、日本でいうところの「おでん」や「寄せ鍋」に近い立ち位置の煮込み料理。 大きく切った肉と野菜を、水とハーブ、そして塩(あるいはブイヨン)でコトコトと長時間煮込む。 ただそれだけなのに、なぜこれほどまでに美味いのか。

寒風吹きすさぶ冬の夜、冷え切った体を芯から温めてくれるスープの優しさは、まさに人類の叡智。 本項目では、このシンプルにして至高の煮込み料理について解説する。

== 概要 ==

ポトフとは、要するに「西洋風ごった煮」である。

牛肉の塊やソーセージなどの肉類と、ニンジン、タマネギ、ジャガイモ、カブなどの野菜類を、鍋ひとつで煮込んだ料理。 フランス料理というと、やれ「ソースが命」だの「繊細な盛り付け」だのと格式高いイメージを持たれがちだが、ポトフの起源は極めて庶民的かつ原始的だ。

なにせ、名前の由来からして直球である。 Pot(鍋)+au(〜に)+feu(火)。 直訳すれば「火にかけた鍋」。 日本語で言えば「鍋焼き」とか「煮鍋」と言っているようなもので、料理名というよりは調理状態そのものを指していると言っても過言ではない。

かつてフランスの農村部では、暖炉に吊るした鍋にその日手に入った肉や野菜を放り込み、長時間火にかけて放置しておくのが日常的な調理法だった。 農作業でクタクタになって帰ってきた後、鍋の蓋を開ければ、素材の旨味が溶け出した温かいスープと、柔らかく煮込まれた具材が待っている。 これがポトフの原点である。

現代日本においても、カレーライスやシチューと並び、「野菜をたっぷり摂れる」「作り置きがきく」「失敗しにくい」という三拍子が揃った家庭料理の救世主として定着している。

== コンソメとの違い ==

ここで、料理初心者やアニヲタが陥りがちな疑問について触れておく。 「ポトフの汁とコンソメスープって何が違うの?」 という点である。

結論から言えば、「ポトフは『料理』であり、コンソメはポトフから派生した『洗練されたスープ』」である。

ポトフを作ると、肉や野菜から旨味成分が溶け出し、美味しい濁ったスープができる。これをフランス語で「ブイヨン(だし汁)」と呼ぶ。 ポトフは、このブイヨンと共に具材を食べる料理そのものを指す。

一方、コンソメ(consommé)は「完成された」という意味を持つ。 ポトフなどで取ったブイヨンから具材を取り除き、さらに卵白や挽き肉を加えて煮立て、アクや脂を徹底的に吸着させて濾過し、黄金色に透き通るまで磨き上げたもの。それがコンソメだ。 つまり、ポトフが「素材の味を丸ごと楽しむ家庭の味」なら、コンソメは「手間暇かけて抽出したプロの味」と言えるだろう。

なお、日本の食卓においては「コンソメキューブを放り込んで煮たやつ」がポトフと認識されていることが多いが、厳密な定義を気にして目くじらを立てるのは野暮というものである。美味ければ正義だ。

== 具材の顔ぶれ ==

ポトフの魅力は、冷蔵庫の余り物を許容する懐の深さにある。 とはいえ、レギュラーメンバーとも言うべき定番具材は存在する。

牛肉 本場フランスでの主役。スネ肉やバラ肉などの、安くて硬い部位が好まれる。 長時間煮込むことでホロホロに崩れる食感は、まさにポトフの醍醐味。 煮込みすぎてパサパサになるのを防ぐため、脂身のある部位を選ぶのがコツ。

ソーセージ/ベーコン 日本の家庭における実質的な主役。 特にあらびきソーセージから染み出す燻製の香りと脂の旨味は、スープの味を決定づけると言っても過言ではない。 シャウエッセンやアルトバイエルンなどの皮がパリッとしたものを使うと、煮込んでも食感が損なわれにくく、噛んだ瞬間に肉汁が弾ける快感を得られる。

タマネギ 煮込み料理の王様。 丸ごと、あるいは半分に切って投入されることが多い。 煮崩れてスープの一部と化すか、とろとろの甘い塊として生き残るか、その運命は煮込み時間のみぞ知る。

ニンジン 彩り担当兼、甘み担当。 大きめに切ることで、特有の土臭さが消え、野菜本来の甘みを堪能できる。 嫌いな子供も多いが、ポトフのニンジンなら食えるというケースも散見される。

ジャガイモ 煮崩れ注意の要注意人物。 メークインなどの煮崩れしにくい品種を選ぶか、面取りをするか、あるいは投入タイミングを遅らせるなどの工夫が必要。 スープの塩気を吸ったホクホクのジャガイモは、ご飯のおかずにはならなくとも、心を満たす力がある。

キャベツ とろとろになるまで煮込まれたキャベツの甘さは異常。 芯を残したままくし形に切ることで、バラバラ事件になるのを防ぐことができる。

カブ 実はポトフにおいてジャガイモ以上に愛される実力者。 火の通りが早いため投入タイミングはシビアだが、口の中でほどける柔らかさと優しい風味は、冬のポトフには欠かせない。

セロリ 好き嫌いが分かれるが、入れるとスープの「洋風感」が一気に跳ね上がる隠れた功労者。 葉っぱの部分をブーケガルニ(香草束)として放り込んでおくだけでも、味に深みが出る。

== 調理の流儀 ==

ポトフの作り方は、「材料を切って、水に入れて、煮る」。 極論すればこれだけである。 しかし、シンプルゆえに奥が深い。 適当にやると「ただの味が薄いお湯煮」になり、こだわり始めると「塩加減の迷宮」に迷い込む。

基本的な考え方は以下の通りである。

水から煮る 肉や根菜類は、水の状態から入れてゆっくり温度を上げていく。 これにより、素材の内部からじっくりと旨味(出汁)がスープに溶け出す。 逆にお湯から入れると表面が固まってしまい、旨味が閉じ込められてしまうため、ポトフの場合は「水から」が鉄則とされる。

弱火でコトコト グラグラと沸騰させてはいけない。 激しく煮立たせると、具材同士がぶつかって煮崩れしたり、肉が硬くなったり、スープが白く濁ったりしてしまう。 表面がゆらゆらと揺れる程度の弱火をキープし、気長に待つ。これが「澄んだスープ」を作るコツである。

アク取りは丁寧に 煮始めに出てくる灰汁(アク)は、雑味の原因となるため丁寧に取り除く。 ただし、取りすぎると旨味成分である脂まで捨ててしまうことになるため、神経質になりすぎるのも考えものだ。 「大まかなアクを取ったら、あとは蓋をして見なかったことにする」というのも、家庭料理における一つの正解である。

味付けは最小限 基本は塩。そしてローリエなどのハーブ。 日本ではコンソメキューブやブイヨンを使うのが一般的だが、素材から十分な出汁が出るため、調味料は「素材の味を引き立てる」程度に留めるのが粋とされる。 味が足りなければ、食べるときに塩コショウやマスタードで調整すればいい。そのための「薄味」でもあるのだ。

== 日本におけるポトフ ==

日本においては、ご飯のおかずになるか否かで長年議論が交わされてきた料理の一つである。 「味の薄いスープ煮で白飯が食えるか!」という反対派と、「ソーセージとジャガイモがあれば余裕」という肯定派の争いは、キノコとタケノコの戦争ほどではないにせよ、冬の食卓で度々勃発する。

しかし、パン食の普及や、洋食文化の定着により、現在では「冬の定番メニュー」としての地位を確立している。 特に、一人暮らしの自炊勢にとっては、野菜不足を一撃で解消できる最強のソリューションである。 鍋にありったけの野菜とウインナーを放り込んで煮ておけば、3日間は食いつなげるというライフハックは、多くの学生や社畜を救ってきた。

また、コンビニおでんの横でひっそりと売られていることもあるが、やはりポトフは家庭の味。 それぞれの家によって、「うちはトマトベース」「うちは味噌を隠し味に入れる」といったローカルルールが存在するのも面白い点である。

== 食べ方とアレンジ ==

完成したポトフは、深めの皿によそい、スープと共に具材をハフハフと言いながら食べる。 ここで忘れてはならないのが「粒マスタード」の存在である。 ソーセージや肉にたっぷりと粒マスタードをつけて頬張り、そこへスープを流し込む。 酸味と辛味が肉の脂を中和し、野菜の甘みを引き立てる。この瞬間のために生きていると言ってもいい。

残ったスープは、旨味の塊である。 そのまま飲んでも良いが、翌日にはカレーのベースにしたり、カレールーを溶かしてカレーうどんにしたり、あるいはご飯を入れてリゾット風にしたりと、最後の一滴まで活用できる。 一度作れば二度、三度と美味しい。 この経済合理性こそが、ポトフが世界中で愛される理由なのかもしれない。

== 余談 ==

フランスの美食家ブリア=サヴァランは、ポトフを「貧者のご馳走」的な文脈で語ったことがあるとかないとか言われるが、現代においては王侯貴族だろうが庶民だろうが、寒い日に食うポトフの美味さは平等である。

アニメや漫画などの創作作品においても、ポトフは「家庭の温かさ」や「慎ましい生活」を象徴するアイテムとして描かれることが多い。 荒廃した世界観の作品で、薄汚れた鍋で作られる具の少ないポトフ。 あるいは、ヒロインが主人公のために初めて作る手料理としての、野菜がゴロゴロした不格好なポトフ。 それらはいつだって、食べる人の心と体を温める、最高の回復アイテムとして描かれている。

さあ、今夜は冷蔵庫に残っている半端な野菜たちを鍋に放り込んでみてはどうだろうか。 気取らないフランスの家庭の味が、あなたの食卓を少しだけ温かくしてくれるはずだ。

追記・修正は、粒マスタードをたっぷり添えてからお願いします。