今日もご来訪頂きまして、ありがとうございます
前回の続きみたいなものです。
すみません、また長いです。
お手隙の時にでも見ていただければ。
まだ入院中ですが
そろそろ退院、と迫られてます
で、結局、
何も治療は出来ないし
何も薬は増やせない
腫れもなかなか引かないし
痛みもそのぶん取れない
担当医は、いつ退院するつもりかと何回も聴きにくる。
入院前と何も変わらないのを、
諦めて受け入れろってことらしい。
一応、往診の先生を入れることや
ここ以外に、ゆっくりと治療の出来る病院を探してもらう事になった。
なったけど、受け入れ先があるのかは分からない。
まぁ難航するのは目に見えている。
これで家に帰っても、どうにもならない生活が待っている。
家の方が気楽に過ごせるけど、
痛みが強い時にどうするかなど、
解決策は何もない。
ここよりも、中長期的に入院できる病院を探す。
結局は面倒な患者を他にまわしただけにも感じてしまう。
うーん。
ボクはどうしたらいいのでしょう?
入院してても、何もしてくれないのは、
もう諦められたのでしょうか?
今日もご来訪頂きまして、ありがとうございます
8月19日に右大腿の内出血の痛みの増悪により、再々入院になり、現在まで入院継続中です。
今回の入院で、病院側は私の治療方針に苦慮しているようである。
確かに、患部は腫れてるし、微熱もあるし、痛みもあるが、処置出来ることが、もうないようで、退院のゴールが設定出来ないようである。
・病院側は出来ることはやりきった。
つまりもう病院的には入院の必要はない。
・私は腫れも熱も痛みも、続いているので、もう少し何とかして欲しい
病院の考える治療終了と、私の希望とは、どうしても離れていている。
私としては、何かしらの治療をして欲しい!
けれど、どうにもならないらしい。
手の出しようがないとのこと。
つまり、現状を受け入れるしかないと言われます。
でもまだ受け入れられません。
右を下にすれば患部が痛く
仰向けになれば骨盤も尾てい骨も痛く
左を下には脱臼しているから出来ない
どこを向いても、身の置き所がない
そんな生活が、今後もずっと続くことは、
ぞっとして、とても受け入れられません。
少しでも何とかして欲しい。
病院にとっては治療のない、処置を必要としない人間は置いとけない。
それは分かった上でも、今回は入院を希望した。
しかし、
形成外科的には、もう外科的治療はしない
ペインクリニックは、もう薬は増やさない
これは決定時効で、変わらない。
医学的にやれることは、限られている。
あと出来るのは、環境を整える程度でしかない。
私は退院後は自宅に帰るのを希望している。
今後も出来る限り在宅で過ごしていきたい。
退院後の生活の場をどうするのか、
先日自宅で、初めて担当者会議が開かれた。
初回だったので、顔合わせも兼ねてだったが
ケアマネ、訪問看護師、訪問介護、訪問入浴、訪問マッサージ、市のケースワーカー、地域包括のケアマネ、両親、私が参加した。
当面は在宅での生活を維持しようということを確認し、それに向けての課題などを話し合った。
その中では、発熱などした際に、往診のドクターを入れることを、前向きに検討しようとなった。
サービスに入ってくれている事業社は、
どうすれば痛くなるのか、再発してしまうのかが分からないと怖いとの事だった。
在宅での生活の継続は、主たる介護者の母次第の上で成り立っている。
両親も歳を取り、今の生活の維持は難しいかもしれない。
何かあった時に、受け入れてくれる場所が必要であり、現在の候補が☆☆苑と言われているが、
実際には他に候補がないのが実情である。
☆☆苑には9月に見学に行ければ、となった。
難病があり、麻薬での痛みのコントロールが必要であり、年齢的にも介護保険対象ではない。
そうなると、入院や入所出来る、病院や施設がほとんどないらしい。
つまり退院後の生活の場は
在宅か、施設か、病院かと言っても、
満足のいく答えは見つからないかもしれない。
在宅で生活していると、サービスに入る人以外に会うことは殆どなく、
福祉タクシー代の問題からも、頻回に外出の機会を設けるわけにもいかない。
どこかへ遊びに行こうにも、
現地までの送り迎えの人
現地でストレッチャーを押してくれる人
現場での遊びに付き合ってくれる人
これらのマンパワーが足りない。
こういう状況から、気軽に出かけられず、
同年代の人と接する機会は極端に限られるようになった。
社会的に孤立した存在になり、自分の存在理由が見つけられない。
逆に施設や病院に入れば、現状の在宅よりも、
多くの人と接する機会が増える点から見ても、
在宅に固執せずに、検討する余地はあるのかもしれない。
結論としては、
現状の福祉サービスを使いつつ、
往診の先生を入れる等で在宅の生活を維持して、
今後の生活の場を並行して探して行くこととなる。
その為に、今回の入院中に、私の意思を各機関に伝えて、それぞれが共通認識の下で動いていければと思う。
多くの人に支えられて、私の生活は維持されている。その事に感謝しながら、日々の生活を送れたらと思う。