「憤り」を、建前抜きで書かせてください。
皆さんの住む街でも、こんな光景を目にしませんか?
少年サッカー、野球、空手、柔道……。子供たちが「愛」や「勇気」、「志」といった綺麗な言葉を掲げて汗を流しているその場所で、なぜか「顧問」や「役員」として地元の有力政治家や市長がどっぷりと名前を連ねている光景です。
大会に行けば、試合を前に集中している子供たちを炎天下や寒い体育館に立たせたまま、政治家たちが延々と実績アピールを含んだ長い挨拶を述べる。
子供たちは、政治家の顔を見に来たわけでも、話を聞きに来たわけでもありません。ただ自分たちが取り組んでいるスポーツを純粋に楽しみ、全力でプレーしたいだけなんです。そこに政治家がやってきて、自己満足のような挨拶を延々と聞かせる。それは子供たちのための時間ではありません。
指導者側の「政治家とつながってるアピールの場」にもなっている。みっともない。
1. 政治家が「顧問」にならないと動かない異常
ここで、当たり前すぎる「正論」を言わせてください。
本来、政治家が「子供たちのスポーツ育成」を本当に考えているのなら、特定のチームや連盟の役職に就いていようがいまいが、動くのが仕事のはずです。
「子供たちのための大会を開きたいが、会場確保ができなくて困っている」
「地域全体でスポーツ環境を整えたい」
そういう声が上がったとき、特定の「身内」だけを優遇するのではなく、地域全体の子供たちのために会場確保や環境整備に奔走する。それが政治家本来の役割であり、住民から託された願いではないでしょうか。
2. 「特定のチームや連盟」への執着が生む不公平
なぜ、彼らはこれほどまでに特定のチームや連盟の椅子に座りたがるのか。
それは、そこに座ることで特定の団体だけに「便宜」を図って恩を売り、選挙の時期になれば指導員や保護者を「票田」として借り出すため……そう見られても仕方のない癒着が、あちこちで起きています。
そして、なぜ現場の大人がそれを許すのか。結局のところ、その競技連盟の役員や団体の長が、自分が政治家と太いパイプで繋がっているという事実を周りに見せつけたいだけではないでしょうか。 自分のメンツや影響力を誇示するために、子供たちの大会を「政治家への接待の場」に変えてしまっているのです。
3. 「骨抜き」にされる教育の現場
教育の場では「正義」や「誠実」を教えながら、裏では利権にまみれた大人たちが、自分たちの都合のいいように便宜を融通し合っている。
そんな大人の「ご都合主義」を、子供たちは敏感に感じ取っています。
結論:スポーツを政治から取り戻したい
私は、特定の政党を批判したいわけではありません。ただ、「子供のスポーツを政治の道具にする、この古くて汚い構造」を、いい加減ぶっ壊してほしいだけなんです。
「顧問の顔色」をうかがう大会ではなく、子供の努力や子供の成長こそが指導者の証であるという、正当な評価がなされる社会へ。
大会が大きいとか小さいとかいう問題ではなく、子供の成長こそが指導者の評価を測る最優先事項になってほしいのです。
指導者であれば、アンフェアな特権にしがみつく時間があるのなら、その全てを子供の育成だけに集中してほしい。子供たちが取り組んでいるスポーツに対して「精廉さ」や「良心」を持っているのであれば、今すぐそのような不透明な縁は切るべきです。
皆さんの街のスポーツ現場は、本当に子供たちにとって「フェア」だと言い切れますか?