息子1・2号のサッカーLIFE 【夢を実現させるために・・・】 -12ページ目

息子1・2号のサッカーLIFE 【夢を実現させるために・・・】

1・2号の将来の夢!それはプレミア・リーガの選手になること・・・・・



そんな2人の息子と嫁と2人?の娘(ジャックラッセル)の日記です。

今日は1号の練習が朝8時から12時までの練習だった。


いつもより1時間早いし3月とはいえまだ、朝は寒いのにもかかわらず


23人中20人の出席ビックリマーク。もちろん休みの子は風邪で学校を休んでいたこと×2人と結婚式に出る1人以外は


みんな出席といつもながら、このチームの高出席率には驚かされる目


2号のチームは今日は午後2時からの練習なので、1・2号が時間的に重ならない日は


1号のチーム練習に監督さん、ヘッドコーチからのお誘いで練習に入れてもらっているのだ。


これは、本当に親父も嫁ももちろん2号も毎度毎度、かなり感謝しないといけないことだと思っている。


2号は、1年生だししかも敵のクラブチームにいるわけだし私だったらこのように


私だったらこのように快く入りなさいと言えるか?はてなマーク・・・・・・


他のコーチの目や、お母さんなどの目を気にすると思うが・・・・・


一度監督、ヘッドコーチに確認してみた。するとサッカーをうまくなりたいと思っている子だし


1号の弟で2年生の所でも十分やれるしね!周りの子も1年生に負けられないって思う気持を


出してもらいたいから全然OKだよ!と本当にこのチームの監督さん、ヘッドコーチ、父コーチと


お母さん方とチームのみんなに感謝の気持ちを忘れてはいけないと改めて思ったものだ。


すべてがボランティアで成り立っているこのチーム、主役はあくまで子ども達それをすべての


親がもっともっと理解し何かできることを1つでもみんなが協力すれば素晴らしいチームが


出来るんだと深く思ったが・・・・・・実際は難しいんだよな~これがシラー・・・・


練習は徹底的な基礎練習のみを3時間ちょっとで残りがおさらいとしてのゲームで終わった。


1ドリブル(左・右・両足)・2パス(相手の要求する足に)・3トラップ頭・胸・もも・両足)この3つを


徹底的に習得させる事を目的としているが③トラップが・・・・・・・・・・・・今後の課題だな~と


帰りの車の中で反省会をしたのだった。


明日は1・2号そろって練習試合。


今日の練習で言われたことの10分の1・・いや100の1でも実行する子がいてくれれば良いのだが


それが簡単にできないから父コーチっておもしろいな~なんて思った親父だったのだ。



朝早くからみんなお疲れ様







2000年11月


親父の次男として、3050グラムで誕生。嫁いわく夜泣きが少なく長男より


手のかからない子だったようだ。(親父は長男といつも遊んでいたのでその頃の記憶なし反省ダウン

歳子のため、どうしても小さめの2号が危なっかしく思い、親父はあまり本気で


遊ぶことやサッカーなど出来なかった。


幼稚園入園

1号と同じく3年保育で入園するも慣れるのに結構時間がかかったが慣れると長男同様

暴れん坊将軍となるが、嫁の教育が良かったのか弱い子や女の子には優しかった。

しかし、いつも1号の友達との交流が多いため友達を作る事は得意ではないようだった。

親父はちょっと心配だった

1号が年長になり川崎Fのスクールに通い始めると2号も付いていって空いているコーチより

教えてもらう。

年長

になり1号と同じく川崎Fのスクールに入会し、そこでバディーSC出身のSコーチにかわいがられ

結構成長するSコーチ、本当にお世話になりました

同時に長男の入団した少年団の幼稚園クラスに入るもヘッドコーチから2号ともう一人の子を

1年生のカテゴリーで活動する要請を受けそうする事に。

1号の所でも書いたがサッカーに参加していない子が多かったので練習試合でにずいぶん出場でき

2号的にはずいぶん成長できたようだ。

1号が18年9月よりBSCのスクールに入会したのがきっかけで2号は飛び級でスクールに

入会できることになった。注のちに現在の2号がBSCの選抜クラスに入れる機会を与えてくれた

Nコーチには深謝であり今でも2人をスクールで見てくださりさらに深謝である。

選抜セレクション

18年11月場所はこどもの国グランドに270名ほどの年長の子が集まりBSCの1次試験が

行われミニゲーム数試合で2号は確実に決め1次試験合格を決めた。

親父と嫁ははっきり言ってどのくらいのレベルの年長さんが上手いのかまったく分からないし

2号の力を肯定する材料もなかったので半ばピクニック気分での参加だった。

19年1月最終試験は横須賀市のグランドで行われた。参加人数は50人ぐらいで

みんな足も速く、ゴールに向かう気持も強そうな力強そうな印象を受けた。アップを終えると

25M走をする子たちとゲームをする子に分けられ、2号は最初25M走を数本走りすべて1位で

クリアーした。幼稚園では早いがこの場でもこんなにやれるとは正直びっくりだった

そしてゲームでは絶好調のようで運良く得点を重ねる事が出来た。

19年2月5日合格者名簿が郵便で届いた合格を確信してない親父だったので

2号の名前を見つけかなりびっくりした。

小学校入学

から3か月、2号のユニフォームが出来上がり袖を通さすと1号が小さな声でかっこいいな~

それはかっこいいはずです。親父は心の中でいくらしたと思ってんだよ~●万円だぞ~

そこにはサックスブルーのアスレタのユニホームを着た2号がいた。ちょっとだけ頼もしく見えた。

親父は1号のチームに行っているので(大会中だったので)8月まで一度も見に行くことは

無かったが随分と礼儀や挨拶を徹底しているコーチの姿を見えこのチームに入れて良かったと

再確認した。注試合は団子サッカーだったので記憶はほとんどないが早いよせとドリブル勝負を

何度もする2号を見れちょっとうれしかった。

9月

川崎Fのスクールをやめ、クーバーに入る。前述した2号のSコーチや1号が大変お世話になった

Mコーチなど1・2号のサッカーの基礎の部分や行動を熱く厳しく指導してくれたコーチが集団で

離脱した事で一新されたコーチ陣と言うよりまったく育成する気が無い様な方針に

嫁ばかりjか1.2号も文句を言うので、クーバーでお世話になることにした。

20年2月

下旬2号所属Bの4年生と6年生が、神奈川県少年サッカー選手権の中央大会に進出したので

練習後応援に行くことになった。場所はみなとみらいキレイな人工芝が印象的だった。

Bの6年生は全日本選手権の予選の時に勝ったVS横浜Fマリノスプライマリーに負けてしまったが

4年生は見事に大豆戸を下し優勝となった。

帰りがけ2号にどうだったと聞くと2号:オレも絶対に優勝したい!!!だから練習頑張って

レギュラーに絶対に優勝すると鼻息荒い2号がちょっぴり頼もしく思えたのだった。

20年3月

2号初めての公式戦!!!

彼のチームは横浜市南区登録のチームであるが、この横浜市南区大会SLの部なのですが

2号の2年生が出場しないので2チームエントリーとなった。

2号のチームはリーグ戦3試合すべて相手が2年生と言う厳しいリーグに入ってしまったが

2号ともども勝き満々加減を嫁のビデオで確認できちょっと安心した。

結果、リーグ戦3試合を無失点で勝利し2号も得点とアシストと前向きのプレーができてたので

合格だった。

そして、初タイトルの優勝を飾ることができよかった。なによりも、相手2年生に臆することなく

しかも無失点で優勝できたことは大きな収穫だったろう。

2号は5試合で3得点3アシストとまあまあの結果が残せ4月から始まる


横浜市春季サッカー大会に向けて大きな収穫になった事は間違いないし


今後の飛躍に期待と、できる限りのサポートをしていこうと思う。




気合いの入ってる2号の図


プライバシー保護のため画像を落としてます。








移籍後しばらくは、周りの子供たちも1号の力加減を見ているような状態


注:時に子どもたちは、とてもシビアに観察する動物だと思う。


パス回しをしてる時も1号にパスする時に一瞬躊躇する子出さない子がいたりで


やりにくそうな1号を見つつ心の中で、時間が解決してくれるし、慣れるまでだぞ


がんばれ!!と成長を願った。


練習、練習試合を重ね1か月後くらい、レギュラーとしてのポジションをもらった頃か


自然と溶け込み1号に余裕が出てきたように見えた。


初めてのMVP:ちょうどその頃、通っているスクールBSCの対抗戦大会に出席する。

参加チームは神奈川県内・東京の各スクール24チームが各予選リーグを5試合行い

リーグ1位ぬけした4チームがトーナメントに出れるワンディートーナメントだった。

1号のチームには、1人だけBSCの選抜選手がいるだけなので力ではそんなに強そうに見えない。

が、あれよあれよと予選を1位通過し準決勝も無難に勝ちいざ!決勝戦

相手は選抜選手が何人かいるようで強そうだが、開始早々に1号フリーキックのチャンス

ゴールまで14・5mは十分に射程距離だが直接狙うとは・・・・狙ちゃったよ!!!!

ボールはきれいな放物線を描き壁の上を越えゴール左上にゴーーーーール!!!!

結局この1点を守り、優勝そして・・・・・最優秀選手賞でトロフィーをもらった。

結果的にこのトロフィーが1号のモチベーションが急上昇するきっかけとなった事と

自分の武器にきずけたことが大きな成長だった。




公式戦がその後2週間後に始まり、区大会で優勝し川崎市サッカー大会(低学年大会)に進み


なんと優勝し念願だった、こどもの国で行われるキリンカップの出場権を獲得!


結果は準々決勝で0-0からPK悔負けだったが、PKを外した仲間に声を     


かけられる人間になれた事がなにより親父として嬉しかった。


昨年1年で、公式戦やカップ戦で優勝5回準優勝1回は素晴らしいし結果であり


また、このチームの1員として試合に出れ共に喜び共に悔しい思いをできた子供達


と私達親子を受け入れてくれたチーム関係者、ヘッドコーチ各位に改めて深謝だし、


ここまで頑張った息子1号にも当然感謝と良く頑張ったと伝えた。


そして、3月15日1号自身が選択したBSCの選抜試験に


向かうわけだがこの1年の経験と、自信と誇りを持って強い気持ちで


臨んでほしい。たとえ不合格であっても悔いが残らないように全力で戦ってほしい


すべては自分自身の夢のために・・・・・