マーラーの歌曲集『亡き子をしのぶ歌』を聴きます。
この歌曲集は、マーラーの後期ロマン派的な作風が色濃く醸し出すように書かれており、彼がこの曲集を書いた4年後に、これを作曲した後マーラー自身の娘が4歳で実際に失ってしまいます。

未来を予言するかのように悲痛な心情を克明に表現されています。『亡き子をしのぶ歌』を聴く時僕自身に子どもたちが居て、成人して元気に生活していますが、もし幼き時に失ったならこのような悲惨な面持ちにならなかったことに感謝して、いつも聴いています。

この歌曲集の詳細については、ネットや書籍で確認して下さい。

今回聴いたのは、バリトンのブリン・ターフェル、ジュゼッペ・シノーポリ指揮するフィルハーモニア管弦楽団で1992年に録音された演奏です。

やはり、男性歌手が歌った『亡き子をしのぶ歌』でいの一番に挙がるのは、何人かの指揮者の伴奏でのフィッシャー・ディースカウのどれも超絶的な名唱があります。
彼の、ハイ・バリトンの声で父親が子どもを失った際の悲痛な心情を切々と吐露した見事な歌唱です。

若かりしターフェルも見事な歌唱をしていますが、今一歩子どもを失った心情が百戦錬磨のフィッシャー・ディースカウのように伝わって来ません。
しかし、フィッシャー・ディースカウの存在を脇に置いて聴くと彼なりの若い父親の心情を訴え掛けて来る見事な歌唱をしています。

そう、年齢を重ねた父親でなく若くして子どもを亡くした時の歌を聴くようです。若々しい美声を存分に響かせ好感の持てる歌唱です。

フィルハーモニア管弦楽団が、当時音楽監督にあったシノーポリとマーラーの交響曲全集を作成している最中に録音したものであるので、脇役に徹し終始息のあった両者の演奏でターフェルが歌い易いように父親の心情を伝え易いように、見事な伴奏をしています。特に、第5曲の「こんな嵐の中で」の伴奏は、情緒の中に悲痛さをもの見事に表現は素晴らしいとしか言い様がありません。

機会があったら、彼らの演奏を聴いてみて欲しいです。