全力であいつを守れ。
お前はあいつの味方になれ。
担任の先生の言葉。
中一の時。
同じ班に態度が荒れた男子がいた。
あまのじゃくというか、
周りの注意や忠告を全く聞かず、
やることなすこと反感をかった。
班長の私は悩み、担任の元へ相談に行った。
その時、先生が言った。
「お前が全力であいつを守れ。」
意表を突く回答に私は聞き返した。
「あいつの態度が悪いのに、
あいつを守るんですか?」
先生は深く頷き、
それ以上何も言わなかった。
意味が分からないまま、
私は先生の言いつけを守った。
度重なる話し合いで
あいつは皆に非難された。
私は頭をフル回転させ、
非難する意見を跳ね返し、
本当にあいつだけが悪いのか?と
逆に皆に問うた。
そんな時間を重ねていくうちに、
誰にも心を開かなかったあいつが
私の失敗を笑った。
少しずつ心を開いてくれる様になった。
今考えると、思春期の真っ只中。
そんな態度でもおかしくはなかったが、
当時の私には理解できなかった。
恋愛感情とかではなく、
純粋に友達を守ることの尊さを学んだ。
しかし、それ以降、
その記憶は薄れていった。
これまで色々な問題にぶつかってきた。
家族関係や健康面、経済的なことも。
中でも人間関係の悩みは深刻だった。
その原因は、苦手な人の存在だけでなく、
自分の時間と空間と頭の中を
苦手な人に占領されてしまう自分が
許せなかったからだ。
相手と自分。
二重の苦しみだった。
最近それら全ての悩みの根源が
分かった気がする。
私は自分の事を愛していなかったのだ。
一生懸命真面目にやってきたのに
うまくいかないのは自分のせい。
どうして理想の自分とかけ離れているの?
ちゃんとしなきゃ。
しっかりしなきゃ。
優しい人でいなきゃ。
もっと努力しなきゃ。
人として。
社会人として。
娘として。
親として。
体裁や格好ばかり気にして、
行動や考え方の基準はいつも世間で、
自分の気持ちではなかった。
自分の機嫌を取ろうにも、
本当の自分が萎縮しているので、
どうしたいのか分からなかった。
本当の自分が可哀想。
みっともなくても
だらしなくても
いい加減でも
情けなくても
その全てが自分なんだよね。
一番近い私が愛してあげないでどうする。
私が一番の理解者でなくてどうする。
全力であいつ(自分)を守れ。
お前はあいつ(自分)の味方になれ。
先生の言葉が甦った。
全てに於いて、
まずは自分を肯定してみよう。
そしたら、ブレずに生きやすい
自分になるかもしれない。
そう思った。
