こうして、メジロはうちの庭の固定客になっていった。
最初は用心深く、僕が窓際に立っただけで餌場から離れ、近くで様子を伺っている様子だった。
しかし、そんなことが何度もあって、こちらが特に危害を加える存在ではない、ということがわかってくると、段々と行動も大胆になってきた。
そして、人が遠くで眺めているくらいでは、餌場から離れることもなくなってきた。
僕はメジロから「信頼されるようになった」と思うことにしていたが、実際のところは違うのかもしれない。
メジロたちは、僕を「危険な大型動物」から「たまにミカンを補充する生き物」に格上げ(格下げ?)しただけなのかもしれない。

こうして、メジロの行動を観察していると、段々と彼らにも行動パターンがあることがわかってきた。
基本的に彼らは、周囲に身を隠す場所がないところには現れず、必ず木立など身を隠せるところに隠れているか、
すぐに駆け込めるようなところに陣取っている。
うちの庭は、隣のマンションとの境に、金木犀の生垣がある。そして、多くの場合、メジロたちは、その生垣の中を辿って、餌場までやってくる。その様子は忍者みたいだ。葉隠れの術のように、葉っぱの陰に身を隠しながら、枝から枝に飛び移り、少しずつ餌場に近づいてくる。そして、餌場の側にたどり着いたら、そこで暫く佇んでいる。周りに猫や蛇などの天敵がいないか、確認しているのだろう。
そして、周りに脅威がないということが確認できて初めて餌場にやってくる。
基本的に、つがいでやってきて、一羽はミカンをつつき、もう一羽は少し離れたところで待機している。

二羽ともひっきりなしに首を動かしていろんな方向を確認している。
その首の動きは恐らくものすごく速い。注意してみても、首を動かしているところを目で追うことができない。瞬時の動きなのだ。
試しにメジロの動画(30コマ/秒)をとり、それをコマ送りにして、首振りの動きをみてみると、例えば左から右を向くのに3コマ程度しか要しなかった(Fig.1)。
つまり0.1秒程度で首を振っている計算になる。

(Fig.1) メジロの首振り運動のコマ送り画像(3コマ)


⇒ 左から右に首を振る動きが、たった3コマで記録されている。

我ながら何をやっているんだろう。
もともとは庭に来る小鳥を眺めるだけのつもりだったのだが、いつのまにか映像解析まで始めてしまった。

余談だが、DIYの師匠は、「人は皆、覗き見趣味があるんだよ。君は小鳥相手にそれを発揮しているんだねw」と言っていた。失礼な話だが、およそ実生活になんの影響もなさそうなニュースやゴシップがこれだけ世の中に溢れているのを見ると、案外あたっているのかもしれない。
自分にもそういう一面があるのかもしれない、というのもひとつの発見だった。

ともあれ、そうやって暫くの間ミカンをつつき、お腹が膨れると、メジロはどこかに行ってしまう。次の目的地に向かうのか、新規開拓にいくのか、行先はわからない。生垣を忍者のように戻っていくときもあれば、道路に向かって飛んでいくこともある。どちらの方向にいったかまではわかるが、とにかくすばしっこいので、目的地まではわからない。

そうして、餌場はがら空きになるが、2時間もすると、またメジロがやってきて、ミカンをつついている。
同じつがいが戻ってくるのか、別のつがいが入れ替わり立ち代わりやってくるのか。
僕はメジロの雌雄の区別すらできないのに、個体識別なんて到底できない。
そして、このような身近な小鳥であるメジロでさえも、餌場にきているとき以外は、どんな風に暮らしているのか、知る由もないのだ。

そのうちに、餌場にミカンを置いていなくても、メジロがやってくるようになってきた。
餌がないことがわかっても、すぐには立ち去ろうとせず、その場でしばらく待っていることも多い。
そのうちに、早朝にメジロが甲高い声で「チチチチチチチチ。。。」鳴き始めるようになってきた。
それが僕には、
「早く朝ご飯を食べさせろ!」
「ミカンを早く補充しろ!」
と催促しているようにも聞こえた。
僕は半信半疑のまま、
「はいはい」
とミカンを切って餌場に置く。

冷静に考えると妙な話である。
最初は、餌場を作って小鳥を観察するだけのつもりだった。
それがいつの間にか、僕の方がメジロの生活リズムに合わせて動いている。
飼っているつもりはないのだが、飼われているのはこちらの方かもしれない。

僕はそのころ、「僕は鳥の言葉がわかる」という本を読んでいた。
そこでは鳥たちは自分たちの言葉でコミュニケーションを取っていることを解説しており、
更に驚くべきことに、彼らの言葉にも文法があり、単語を組み合わせることで、相手に意味を伝えていると主張していた。
そんな本を読んでいたこともあって、僕には、メジロたちが人間とコミュニケーションを取ろうとしているように感じられ、なんだか愉快な気持ちになった。

ところが、ネットで検索してみると、メジロの「チチチチチチチチ。。。」という鳴き声は警戒を表すとされている。
僕にはどうしても催促の鳴き声に聞こえるのだが、ネットの解説を覆す十分な根拠は持っていない。
いまのところ、僕はメジロに警戒されているのか、懇願されているのか、それとも、まったく別の理由で彼らが警戒しているのかすら分からない。
メジロ語の習得には、まだしばらく時間がかかりそうである。