ファミリーレストランの席でメニューを見ていると、僕よりもずっと先輩の男性がお水を運んで来てくれた。そのおじさんは65歳くらいに見える。

 

「いらっしゃいませ、ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」

 

 まだ接客の仕事に慣れてないのか少しぎこちなく見える。でも人生を長く歩いてきた人が持つ、柔らかい人柄がにじむ自然な笑顔だった。

 

 僕は少し想像をめぐらせた。この人はサラリーマンだったのかな。定年退職して新たな職を探し、全く経験がなかった接客の仕事を始めたばかり。僕にはそんな風に見えた。

 

 おじさんはホールで注文を取ったあと、厨房の入り口に戻って、40歳も年下であろう若い上司と話しをしていた。仕事の説明を受けているのか腰低く頷いている。

 

 僕には、おじさんがとてもかっこよく見えた。自分の年齢とか過去の身分とか、上司が年下だとかも全く関係なしに、とても謙虚に真剣に仕事を学ぼうとしている。

 

 会社を定年退職しても、まだまだ元気に現役で働ける人は多い。残りの人生の勉強をかねて新しい環境に進んでチャレンジする「高年」の方は意外と多いそうだ。

 

 今はどこでも人手不足。必要とされる場所は沢山あるはずだけど、定年後にまったく新しい職に就くことは、やはり簡単なことではない。まして飲食店で接客の仕事をすることは、戸惑いも大きいだろうし思い切った挑戦だと思う。

 教える側の職場の先輩だって、本当ならやりづらい程に自分の方が若いのに、そんなぎくしゃくした様子には全く見えなかった。

 若者は丁寧に仕事を教え、おじさんも謙虚に教わっているように見えるから、良い職場の関係性が出来ているのだと思った。

 

 僕も昔会社勤めをした。今は自分で経営をして人に使われる立場から長く離れている。

 でも、そのおじさんを見ていて思った。僕もいつか仕事を引退したら、同じように接客のアルバイトに挑戦してみようかなと。

 

 長く忘れかけていた大事なことを思い出せるかもしれないし、今の若者たちに学ぶことも多いのかも知れない。

 

 あらたな挑戦というのは、自らをとても謙虚な気持ちにさせてくれる。慢心せずに成長するには、自分の足元に何度でもスタートラインを引くことだ。