みなさん、おはようございます。
本日もブログにお越しいただき、ありがとうございます。
日々のニュースや世の中の動きを見ていると、ふと「組織におけるリーダーのあり方」について、深く考えさせられる瞬間があります。
世の中には、周囲から「偉い」と称される立場でありながら、その振る舞いにどうしても疑問を感じてしまうリーダーがいます。
自分が勝負に負けたときは、勝った相手から「これからの組織のために、ぜひ力を貸してほしい」と求められても、頑なに協力を拒む。しかし、いざ形勢が逆転して自分がリーダーの座についた途端、手のひらを返したように「これからは全員が一丸となって、私のために働け」と要求するのです。
自分の都合が良いときだけ周りを巻き込み、自分が不利なときはへそを曲げる。
強い違和感を覚えるとともに、どれほど立派な肩書があろうとも、私はそのような姿勢を「器が大きい」とは到底思えません。
おそらくその方は、自分が負けていた時期、勝者をサポートするのではなく、次に自分が勝つための「爪を研ぐ時間」として、陰でいろいろと画策されていたのでしょう。
……と、偉そうに批判してみたものの、私の胸の奥にもチクリと刺さるものがあります。
かつて「1番以外、意味がない」とパツパツの管理職の着ぐるみを着ていた頃の私なら、もし勝負に負けていたら、同じように不貞腐れ、陰で爪を研いでいたかもしれない。そう思うからです。
人間、自分が勝っているときや、物事が順調に進んでいるときは、誰だって余裕のある、いい顔ができるものです。
しかし、本当にその人の本性が現れるのは、「自分が負けたとき」「思い通りにいかなかったとき」です。
逆境に立たされたとき、プライドを捨てて組織のために泥をすすれるか。勝者を称え、大局を見て協力できるか。
そこに、その人が持つ「人間の器の底」が見えてしまう気がするのです。
私も会社人生の中で、勝ち負けや思い通りにいかない局面をたくさん経験してきました。負け戦の側にまわったとき、心穏やかでいるのは本当に難しいことです。悔しいし、不貞腐れたくもなる。
だからこそ、そのドロドロした感情を飲み込んで、誠実に、周囲のために何ができるかを考えられる人間でありたいと、改めて自分に言い聞かせています。
地位や名誉といった外側の飾りではなく、逆境のときの振る舞いこそが、その人の本当の価値を決めるのかもしれません。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
それでは、今日も皆さんにとって良い一日になりますように。