maybe!日刊 『OTAKEBI』 -7ページ目
自己主張。
己について
強く語ること。
言葉で語るだけではない。
カナブン生
は
「見てくれ」で
大いに語る。
ファッションスクール
カナブン生には
毎日の課題がある。
細目(縫いモノ)
デザイン画
パターンメイキング
情報系資料収集
などなど。
これらの課題は
ストレートでわかりやすい。
計画的に行えば
ぶちのめされるほど
大きな負荷になることもない。
いちばんキツくて楽しい課題は
毎日のコーディネート。
ボディーブローのように
じわじわと効いてくる。
何を着たらよいのか必死で考える。
お金をかけずに考える。
自分が美しく、
格好良くなるためには
どうすればよいか
考え抜く。
その積み重ねが徐々に
ファッションセンスとなって
身体に宿る。
そんな考えに考え抜いたコーディネイトが
毎日毎日
カナブンに集結する。
そんな中にどっぷり浸かって過ごす日々。
「御洒落にならないわけがない」。
儲けの仕組みについて考える。
粗利益から経費を
引いたものが営業利益。
ちょっと乱暴な言い回しだが
ファッションビジネスにおいて
粗利益はサルでも出せる。
小売価格をメーカーが
指定している業界だから。
しかしこれは今までの話。
これからのファッションビジネスの
あり方はどうだろう。
SPAが業界の常識となり
価値連鎖の重要性が訴えられる今
小売と卸のリレーションに
変化が出るのは
想像に難くない。
小売価格が決められ
取引条件の掛率が
ビジネスの折衝の場である
従来のアパレル取引は
今の競争社会において
あまりに確立されすぎている。
アパレルが
完全自由化ビジネスの
様相を持つとき
全く新しい発想と意識による
儲けの仕組みが作られるはず。
既存の価値観の崩壊。
既存のルールの建設的違反。
カナブン
は業界の
ルールを破る違反者であり
違反者たちの動きをフォローする
共犯者でありたい。
新しい儲けの仕組みを生み出すために。
戦略ゲームというものを
学生に投げかけた。
これは一定の条件の中で
命題に対して
経営者として
どう進んでいくかを
考えるトレーニング。
机上の空論と言ってしまえば
それまでだが
自社の取る次の一手を
導き出す経営者としての資質を
芽生えさせるには
効果的だと感じている。
何せファッションビジネスマンとしては
まだまだヒヨッ子、
いやまだ孵化もしていないと
認識していた。
が、しかし柔軟な思考は
時に無垢な状態にこそ
生まれやすいことを
証明して見せた。
俯瞰的に現状を認識し
ロングスパンで捉える目を持ち
「損して得とれ」
「肉を斬らせて骨を断つ」
と表現できるような
アイデアを次々と
導き出す学生。
正直恐れ入った。
確かにまだまだヒヨッ子の
カナブン生
も
資質としては
将来
ファッションビジネスを
充分に展開していける
チカラを持っている。
あらためて
必ず結果を出させると
心に誓った。
『徹底的に磨きこむから覚悟せよ。』
心と体は
つながっている。
背中を丸め
うつむいたまま
喜べないし
ガッツポーズで
落ち込むこともない。
ファッションビジネスは
クリエーティブビジネス。
クリエーションを
展開させるのは精神性。
その精神の起点は健やかなる肉体。
商品企画
生産管理
戦略的物流
販売技術
宣伝
各ポジションにおいて
創造力が必要なのは
言うまでもない。
そして絶対的な時間量も
必要であることは否めない。
クリエーターであると同時に
無数のガーメントと闘う
格闘家でもある。
体を鍛えておこう。
体を鍛えるということは
心を鍛えるということ。
体力と気力の強化。
ファッションビジネスに切り込む
カナブン生
への
課題とさせてもらいましょう。
起承転結。
フィクション作品に触れて
あらためて感じたことがある。
物語には起承転結が存在する。
ストーリーには「起伏」がある。
ファッションビジネスにおいての
ストーリー性について考えた。
ひとつのブランド、
ひとつのショップが行う
商品の提案の中には
ストーリー性を存在させる。
顧客が
生活シーンに対して
自己のイメージを
膨らませる事が
できるよう
物語を用意する。
「ストーリーの提案」。
それは企画段階では
MDがその表現方法となりえるし
リテールでは
VPや顧客との会話の中にある。
そのために
送り手に
必要なものは
『情操』。
情操とは
優れたものに対して
感動できる精神的豊かさと
捉える。
「情操」は
顧客満足を
顧客感動へと
導くための情感。
感動性マーケティングの
主力材料。
「物語」を創り出す「情操」を育むこと。
カナブン
の使命のひとつ。
「企業人と起業人」。
カナブン
が掲げたビジョンに
含まれる2つの人間像。
企業人とは何か。
我々が思う企業人とは
組織が打ち出したビジョン達成のため
自分は何をすればよいのかを考え
自らの仕事を創り出し遂行していく人。
決して自己タスクの限定をせず
常に前向きで建設的な
提案と実行ができる人。
起業人とは何か。
我々が思う起業人とは
自己の未来に向け
情熱と勇気と自信を持ち
全知全能をかたむけ
リスクを背負って
事業を起こす人。
この二つの人間像の
どちらかに
当てはまる姿を
カナブン生に宿す。
このマインドを
カナブン生に
育んでこそ
社会・業界から歓迎される。
ここがカナブンの
コア・コンピタンス。
ここを徹底的に
磨きこんだなら
誰にも負けない。
そしてその手法は・・
もう我々の行動の中に組み込まれている。
私がかつて
在籍していた
アパレルメーカーの
人事にはひとつの
やり方があった。
「やりたいやつにやらせればうまくいく」。
当然、その社員の
適性を見極めたり
事業部内のバランスも
鑑みるが
「これがやりたい」
と自ら言ってきた社員には
原則 「やりなさい」。
まさにその通りだと思う。
やりたいやつにやらせる。
成功するまでやらせる。
もし結果が
出なくても
すぐに諦めない。
諦めさせない。
やりたいやつは
それに対する「執着心」
が違う。
強い気持ちを持っている。
やりたいやつは
そのやりたいことを
ひたすら考え
ひたすら取り組み続けても
全く苦しくない。
傍から見ていれば
「血のにじむような努力」
と思われるようなことも
結構、本人は
楽しくやっていたりする。
やりたいやつは
「できない理由」
を決して考えない。
できた時の幸福感を
イメージして
ワクワクしている。
「自分のブランドが欲しい」。
「ミラノコレクションに参加したい」。
「人が感動する服を作りたい」。
「誰にもまねのできないパターンを極めたい」。
「海外で店をやりたい」。
カナブン
には
やりたいやつが
たくさんいる。
カナブンは「やりたい気持ち」を
もっともっと強くする環境になる。
業界に飛び出したら・・・
やりたいことを強い気持ちを持って主張する。
ファッションビジネスを
おこなっていく上での
リレーションシップについて考える。
自分と他人(ヒト)との関係性。
ファッションビジネスに必要な
関係性は親和性と
言い換えられる。
売り手と買い手の親和性。
買い手とはお客様。
お客様をいかにハッピーにできるのか。
そしてその人間関係を
どのように構築していくかが
これからのファッションビジネスの
テーマとなるはず。
お客様は自由。
自分を選択してくれるという
保障は
どこにもない。
だからこそ親和性を築く。
お客様に「尽くす」。
媚や諂いを持ち込まないのが
「サービス」の真髄。
そうやってこそ
「あなたじゃなきゃだめです。」
と言ってもらえる。
久々にいらしたお客様から
「ご無沙汰してごめんなさい。」
とまで言ってもらえる。
それが顧客忠誠心。
カスタマーロイヤルティ。
我々の行き着く先は
人間性を磨くこと。
とことん人間通になること。
業界人が
ファッションビジネス論を
議論するならば、
それは今後ますます
ファッション人生論や
ファッション人間論に
なっていくだろう。
カナブン生
は
とことん人間性を磨く。
光り輝く人財となるために己を磨き続けるしかない。
「常識」が大切ですか?
「良い子」になりたいですか?
「リスク」が怖いですか?
「変革」が嫌いですか?
「体裁」が大切ですか?
「スピードアップ」
はたいへんですか?
「早く帰りたい」ですか?
「今日やることは今日のうちに」
は難しいですか?
「70点は合格点」
と言いたいですか?
「安全の枠の中」
に納まっていたいですか?
そんなに
「守るもの」
が多いのですか?
「ぎりぎりの状態」
までやるのはイヤですか?
カナブン生
すべてが
「NO!」と答えてくれる日まで・・
我々カナブンスタ ッフは
絶対に手を抜かない。
決して努力することを怠らない。
創造性の共鳴。
複数の感性がぶつかり合うとき
単独ではなしえない
強大な創造が出現する。
富山県立近代美術館で
『横尾忠則が招待する
イッセイミヤケ パリコレクション
1977-1999』を観た。
国際的舞台で活躍する
デザイナー三宅一生氏と
アーティスト横尾忠則氏の
二人の仕事を紹介するものだ。
三宅一生氏が世界で
高い評価を受けた1970年代後半から
90年代末までの
パリコレクションにおける活動に焦点をあて
横尾忠則氏が担当した招待状・
二人がコラボレーションした服・
そしてコレクション映像を紹介していた。
まさに巨匠と呼ばれるお二人が
独自の創造性をぶつけ合い
その軌跡が単独の創造とは違う軌跡を
踏むことを証明したものと感じた。
我々カナブン
は日々
ファッションと向き合い
創造や表現の方法を
探求している。
そのなかで一人ひとりの
クリエーションでは
ゼッタイに創り出せない領域の
芸術表現があることも
知っている。
コラボレーションは
自らの活動において
それを限界まで高めているところに
また新たな可能性を生み出してくれる。
我々は自らの創造性を日々高める。
クリエーションという領域の中で
限界に臨む。
そんな誰かと誰かが
共鳴しあって
生まれてくる新たな世界を
見ることができればおもしろい。
カナブンにもコラボの種がたくさん眠っている。

