宮崎克・吉本浩二「ブラック・ジャック創作秘話~手塚治虫の仕事場から~」 | 行雲流水的くっぞこ

宮崎克・吉本浩二「ブラック・ジャック創作秘話~手塚治虫の仕事場から~」

 「このマンガがすごい!2012第一位!」

 というコシマキが目に留まって書店で手に取ったんですけど、手塚治虫先生が漫画「ブラック・ジャック」を執筆していた当時の仰天エピソードをまとめたドキュメンタリー漫画です。いわゆる”手塚伝説”というヤツですね(笑)

 「ブラック・ジャック」執筆当時の手塚治虫先生のスタッフ・アシスタント・担当編集者等の関係者に取材したものとなっています。
行雲流水的くっぞこ

 宮崎克・吉本浩二「ブラック・ジャック創作秘話~手塚治虫の仕事場から~」(2011年)


 「ブラックジャック」は、もちろん手塚先生の代表作の一つで、昭和48年~昭和58年まで「週刊少年チャンピオン」に連載・掲載されていた作品。

 この「ブラックジャック」を描き始める直前の手塚先生はスランプの時期でした。劇画のブームで手塚先生の絵は古臭いとされて人気が低迷していました。それだけでなく、手塚先生のアニメ会社や出版社が倒産した事も重なって、色々大変な時期だったそうです。

 そういう状況下で連載開始となった「ブラックジャック」で手塚先生の人気が復活して、その後は再び人気作を連発されていく、というターニングポイントになった作品でもあります。


 このマンガを読んで思ったんですが、やっぱり手塚先生の仕事量はすごいですね。週刊誌月刊誌に何本も連載を抱えて、さらにアニメもやろうとする(笑)。こういう手塚先生の漫画の執筆の仰天エピソードは、色んな方のエッセイや漫画で色々と目にしますけど、面白い!


 この中で一番好きなエピソードは、アメリカ旅行へ行った話でしょうかね~

 アメリカ・サンディエゴで行われた日本の漫画・アニメの展覧会「コミック・コンベンション」に出席なさるために、アメリカへ8日間行かれた時の事。

 ちょうどその時「ブラックジャック」の読みきり作品を依頼していたのですが、その原稿の締切日が、手塚先生がアメリカから帰国される日だったそうなんですね。それで、アメリカへ行く前に書き上げるという約束だったんですが、もちろん間に合わず(笑)。

 それではアメリカから、漫画のコマと人物とセリフをかいた原稿を郵送するので、あとは日本にいるアシスタントに仕上げてもらう、という事になったんですが、それも間に合わず(笑)。しかもその時点で、他の漫画の原稿を描いていたため、まだ「ブラックジャック」は一枚も描いてない。しかも、たとえ帰国後に描き始めても間に合わないという状況。

 当時は、インターネットはもちろんファックスも無い時代。手塚先生は、どうやって描いたのか?果たして締め切りに間に合ったのか?…というお話です。もう綱渡り状態…すごいな~と(笑)
行雲流水的くっぞこ

 ちなみに、この漫画の中で触れられている「ブラックジャック」の話ですが、「虚像」は少年チャンピオンコミックス20巻に、「話し合い」は21巻に収録されています。この壮絶エピソードを読んだ後、ブラックジャックのその話を読むと、違って見えますね~


 しかも、この本は手塚先生のエピソード集ですけど、それと同時に、秋田書店の名物編集者・壁村耐三さんの伝説にもなっています(笑)

 でも、これはまだまだ氷山の一角なんでしょうかね~(笑)