あれがはじまり | 仕事でも家でも介護

仕事でも家でも介護

笑える日と苛々する日と優しくなれえる日ときつく当たってしまう日と。いろいろですが、なんとか頑張って生きています。

2015年の秋だったと思う。

兄が、夜中(戸言っても10時過ぎ?)に母が台所でご飯を食べていたと聞いた。

 

その帰り、何とも言えない不安が襲って泣けてきた。

 

その不安が消えないうちに母から電話があった。

「具合が悪くて仕方ない。明後日はお父さんが出かけるから、その時に何かあったら不安だから仕事が休めないか」と。

 

普通に、私はそんな簡単に休めない。

が、職員にお願いをして仕事を変わってもらった。

 

一緒に過ごしたその日、明らかに様子がおかしかった。
不安が強いのか、家族の名前を繰り返し繰り返し口にしながら家じゅうを歩き、元気を出そうと鼓舞していた。二人でテレビを見ながら、ご飯が食べられるようになったらこれ作ってみたいねと話していたのを今もよく覚えている。
 
もう、その時は間近だったんだろう。
薬がそれを早めたのか後押ししたのかはわからないけど。
 
母は長いこと消化器系の開業医にかかっていた。
そこで、手が震えるからと話し、薬が出た。
その薬を飲んで、吐き気が出た。
吐き気が出たときに再度開業医にかかり、吐き気止め(ナウゼリン)を飲み、症状が始まった。
 
「あの気分の悪さを想像すると、食事をとるのが怖い。」
この状態が私の付き添った日。
 
その数日後、母は再び開業医にかかり、医師にはうつ病に見えたんだろう。
ドグマチールが処方された。
その薬を飲んだ直後から、母はじっとしていられなくなった。
頻尿を訴え、座っていられない。
もともとレビー小体型認知症の疑いがあったので、すぐに開業医のもとへ行きその話をしたが、結局診断を受けていなかったので、「積極的な治療を希望せず、家族で看るということですね」と医者は言った。
帰りに薬局で、薬剤過敏があるので新たな薬の処方には気をつけてほしいと話したが、「医者に話してください」と言われた。
 
今まで介護現場でかかわってきたお医者さんや薬剤師さんはこういう時に親身になって相談にのってくれていただけに、『家族』という立場で専門職と向き合う難しさを痛感した。
 
ドグマチールはすぐに飲まないようにした。
ひどかったアカシジアという症状がよくなったのは、近所の市民病院で脳神経内科医の医師に診てもらい、薬を処方してもらってから。