問いかけのワークは、「分析」ではなくて、「素直になる」作業。
 

「自我」は「素直」をぐるぐる巻きにしてわからなくしてる。

 

だから、「その思いは本当?」って聞いてみる。

 

「本当!」と思うし感じる。

 

なぜなら、そう信じているのだから。

 

信じている、ということは疑っていない、疑いたくない、ということだから。

 

だけど、「本当?」と疑ったときに、「それが本当じゃない方」がホッとするなら、それこそが「素直」「オープン」「全体性」。

 

ホッとして、楽で、落ち着く方が自然な有り様。

 

源に、実相に、愛に触れた。

 

抵抗しなければ、戻っていく、ということ。

 

 

良くも悪くもないもの、すなわち意味から解放された、それが実相であり、愛であり、わたしたちの本質。

 

それを分けて、変換した。

 

人の数だけの変換があり、それが「違い」として受け取られ、だからこそ、比較やそれによる優劣が生じる。

 

そうして、分離感が強まる。

 

その作り上げられた分離の信念を守る方向に進み、防衛心として思考が紡がれていく。

 

"無意識のまま"に。

 

問うことを忘れて。

 

思考に乗れば乗るほど、孤独が増して、防衛の日常とストーリーになる。

 

これをただ元に戻す。

 

元に戻すときに、作ったものが解体される抵抗として、さまざまな感情感覚が起きる。

 

でも同時に、根源の創造性、生命そのものに触れ始め、分離を超えた圧倒的なパワー(全体性・愛・実相)が体験されていく。

 

ひとたび、これに触れ始めたら、あとは淡々と粛々と、偽りの障壁を変換させるのみ。

 

これが、わたしたちの、この世界における天命だと気づく。

 

今日は、この共同作業。

 

北海道にて。

 

ワークで、人と関わることで、いつもの習慣で、信念に逃げ込もうとする防衛の瞬間に気づき、できるだけ、それを言語化し表したり、その感情感覚をせき止めないままにしてみる。


あきらめる必要はなく、その瞬間の気づきに気づいてあげる。

 

専門用語はいらない。


これまでの既存の学びを使って誤魔化したり逃げたりしない。

 

コースの世界観も、非二元の世界観も、心理療法の世界観も、いったん置く。

 

むき出しの、素直さを感じていく。

 

作り上げられた自分ではなく、そもそもの根源の自分に合流していく。

 

自我は戸惑う。抵抗する。


そしたら、それも口にする。


隠さないで解放する。

 

責めたり、良さげに開拓するものではなく、本来の自分に戻っていく。

 

ただ、ひとつの確かな全体性へ。