パートナー、家族、友人、知人・・・。
その人の不満を語る。
「あの人、わかってくれない」
「変わってくれない」
「なんで、あんな感じなんだろう」
と、話しているときの、自分の心はどこにあるのだろう?
前回に引き続き、私と夫の例で言えば、出会った頃のフレッシュな思いがある日を堺に薄れていった。
そして、夫への不満ばかりが目につきはじめた。
誰かとの会話で、夫への非難のことばかりが口をついて出ていた。
それはスッキリするどころが、ますます不満を強固にしていった。
こんなことならこの関係性を解消するしかない、そのための準備をしなきゃなどという方向に漠然と向いていた。
気が遠くなった・・・。
浅い呼吸、疑いを含んだ眼差し、ギュッと心身を縮こまらせ、恐れと悲しみと怒りと虚しさに閉じ籠っていた。
「あなたのせいよ、私は被害者よ」と外側に意識が向いていた。
最初は抵抗していたが、いよいよそんな自分の内側をのぞいたら、「ひとりぼっち」を信じている自分がいた。
お馴染み、自我ちゃんなのである。
自我ちゃんの世界は「分離」が前提なので、なんでもかんでも、「分離」として解釈するのだ。
「わかりあえない」
「あなたとは違う」
「私と価値観が違う」
「どうしてこんなことするの」
「どうして私の思うようにしてくれないの」
自我の周波数は自我の周波数を体験する。
というシンプルな真実。
だから、「被害者」「怒り」「悲しみ」「恐れ」「羨望」「虚しさ」「寂しさ」「苦しさ」・・・。
とにかく、簡単に言えば、「平安」以外は、自我の夢の中ということ。
このシンプルな構造に気づく。
言わば、「平安」以外を感じているときは、「平安」に帰るためのお知らせ。
それに気づいてからは、私は単純になった。
ただ困ってるときは、困ってると伝える、とか。
なんかお願いするときも、ただお願いする。
相手に都合があるなら、私も普通に自分の都合を優先してるから、それは当たり前だなぁと思うし。
とにかく、不満が湧かない。
不機嫌になりようがなかったと気づいた。
自我は不満がないと手持ち無沙汰なんだなぁとも感じた。
「私的な思い」へのこだわりが、お互い共薄れていった。
実相そのものだという前提にくつろいでいる。
それ以外、なかったのだ。
・・・
「こんなにゆるしや、スピリチュアルのメソッドをしているのに、現実が変わらない」という言葉もよく聞く。
本当に、それは大きな誤解。
ただただ自我の視点だということ。
誰かや、何かが変わらないと幸せにならないという視点から離れる、すなわち「自我」から離れる。
「私的な思い(自我)」が退いたところに、最初から在る生命。
その「平安」にすでに包まれている。
・・・
Hummingcafe 7月のテーマは「実相コミュニケーション」です。
いただいた感想をシェアします。
さん
「実相コミュニケーションについて」
その観点を生まれて初めて知り、その観点から生まれて初めて自分自身を振り返ってみて。
昨日の会社での社内でのやり取りを思い出すと、とにかく無意識に相手に合わせる、見捨てられないように、良い人でいなければ、とか、自分の利益、得になるように・・。
打算計算、ありとあらゆることを一瞬で判断して、発言したり行動している私(自我)がいました。
またそもそも話をしている相手が嫌い、とか怖いとか、そういうものもあるなーと。
仕事をしていく上で押し殺していたものを浮上させて、それって本当?と問いかけ、その状態とそれがなかったら?というフィーリングの比較をしてみました。
やがてそれらの不快な感覚は、何の根拠もない、
いつもギャーっと暴れまくっている自我に振り回され、訳も分からず疲弊していましたが、ふと、なんでこんなに怖がっているのかな?と問いかけると、そこには何もなく、そしてまったく理由が見つからず・・(笑)
あれ?今まで何だったんだ??と拍子抜け状態になりました。
昨日、「このコースは自我を取り消すためのコースであり、それは裁きや恐れなしにそれらを見ることである」
という文をコース関連本の中で読んだのですが、これもHummingcafeでずっと話してくれていることとも、私の中で色濃く繋がってきてこの「 裁きや恐れなしにそれらを見る」というのが、本当に正にそうだよなーー!!
意味づけ解釈しているのは自分だったんだ・・と改めて一人で納得していました(笑)
つい怖くて目をそらしたくなりますが、そうじゃなかった!
何故なら、コースやかおりさんの言葉が、
そうだったんだ・・という驚き、
これに味をしめると、恐怖でパニクってる時も、それを見ようという気持ちになります。
また、前月のHummingcafeでの「動揺を楽しむ」は、私の中でとても助けになっている言葉ですが、
これも自我に深刻にならずリラックスできるスイッチとなっていま
すこしずつ、自分の心が軽くなっていくことを感じられて、これまで自我で苦しんできたけど、それを逆方向に転じることで、すこしずつ全体性への信頼が深まっているのを感じています。
いつもありがとうございます!(^-^)
さん
家族との関係について、思いのシートに書き込んだものを、かおりさんの問いかけを受けながら、一つ一つ問い直していく。
そうすると、自我のパターンがよく見えてきて、そのパターンが見えてくると、そのパターンから自由になっていくことを体験できました。
過去の記憶も自我の捏造であるという指摘を受けて、自我が、過去の記憶を使って、今現在を恐れに基づいた、防衛・サバイバルモードに維持しているパターンがよく自覚できました。
そして防衛、サバイバルモード自体が、自分を罰しているという自我のパターンも、指摘してもらって、なるほどと納得しました。
外側の、元々不確かな世界を確かにしようとして自分を罰しているという指摘は、まさにその通りで、とても納得しました。
「人と出会っているのではなく、人と出会っている自分と出会っている」というかおりさんの言葉も、まさにその通りで納得しました。
事前に、想いのシートに、自分の生活の中での具体的な心の動きを書き込んでおいてからのやりとりの中で、自我のパターンが見えてくるので、非常にわかりやすいし、具体的に自覚できました。
セッションの中で、普段の自分の自我の動きに自覚することで、自我をなんとかしなくてもただ自我の動きを自覚するだけで、緩んで、実相の安心感に戻っていくことを実際に体験できるのが、とても大きいです。
確かさはもともと内側にあることを体験できる素晴らしいセッションでした。ありがとうございます。
さん
昨夜、Aさんとのアーカイブを拝見しました。
毎回ですが、今回も本当に神回でした。
相談者の方と私も気持ちも同じ。
毎回、皆様、後半どんどん緩んでいって、全体性のほうに同調していく感じがします。
それが、本当に心地よいです。
さん
アーカイブを聴きました。
”確かさと不確かさ”について、やっぱり見える聞こえる触れる匂う、というこっちを確かだと信じていて、この世界を確かにするために頑張ってるようなところがあります。
だけど、本当の自分を裏切りたくないですね。
でもすぐに「わかった」とならず、丁寧に思いのシートに書き出してみます。
そして今までは、思いのシートに書いても、被害者から加害者…そして罪悪感、ここで止まることが多かったように思います。
だけど、過去は信念だらけで、でも、良いも悪いもなかった。
家族は私を困らせる面倒な人じゃなくて、ただ混乱していて、私と同じだった。
そして、それを助けなくてはいけないんじゃなくて、私が愛に戻る時間を増やして行けば良いんだと!
ありがとうございます。まだまだ何度も聴かせていただきます。
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【ご案内】
★ワーク会(京都)
本来のフィーリング・元の気に戻る!
・・・これに抵抗していたこと(自我の機能)に気づき、必然的に思い出し合う。
そんな場をわかち合いたいです。
日程 10月9日(金)・10日(土) 10:00~17:00
場所
参加費 1日 6,000円 ・ 2日間 10,000円
※ 今回の京都もゆきえさんが窓口でいてくださいます→ yukie
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★Hummingcafe ➡ ●
7月のテーマ
「実相コミュニケーション」
『あなたが私的な想念をもち、それらを持ち続けたいと思っているときに、どうして一切を受け入れられるだろう。私的な想念を保持できるようにする唯一の方法は、聖なる瞬間を聖なる瞬間とする完璧な親交(コミュニケーション)を拒否することである。(奇跡講座・テキスト 第十五章 Ⅳ.7 1~2)』
・・・
以前、見た映画のセリフに「あなたといればいるほど孤独になるの( ;∀;)」というのがありました。
本当なら、誰かといることで孤独がなくなるはずなのに・・・。
でも、これはあるあるですよね・・。
私たちは普段、身近な人たちと本当に「コミュニケーション」をしているんだろうか?
もしかしたら、無意識のうちに、対話という名の「取引(トレード)」「かけ引き」になっているのかも。
ということで、次回のHumming cafeでは、真のコミュニケーション=聖なる瞬間についてのワークやセッションのひとときになればと思います。
①7月11日(土)20:00~
②7月26日(日)9:30~
※ この日程で参加が出来ない方も、アーカイブで視聴できます!
お問合せ、ご参加お待ちしております。
YouTubeもアップしました。
聞いてみてください~。
どうぞ、よろしくお願いします。
「自分との関わり方が変わると、すべてが変わっていく」
モーニングテンション #29「逃げ出した過去があってもいいじゃない♪」