Humming 

 

皆さんの体験と気づきの声の紹介です。

 

Hummingの各セッションは、”夢”を見抜き、”現実”に戻ることを一貫して提示しています。

 

奇跡講座 ワークブック レッスン132より

 

「私は自分が「世界」だと思っていたものすべてから、この世界を自由にし、そのかわりに私自身の実相を選択する」(12:2)


 

 

京都ワーク会 (2025年 6月)

 

Aさん

 

温かく居心地の良い空間の中で、自我をさらけ出すことが、愛の体験だったことを実感できた素晴らしい会でした。

いつもは心の中でやっている赦しを、見える形でワークをしたのがとても分かりやすかったです。

そして、投影した相手の席に自分が移ってみた時には、聖霊視点のようになり、いかに自分がストーリーにはまっていたかを実感できました。かおりさんの的確な誘導のもと、こんなに簡単に見方が変わることに驚きました。

みなさんの聖霊に囲まれた、場のパワーもすごかったです。

あ、そして、さらに思い出しました。注目されるのがこわい、人が怖い、と思っていたのが、本当は注目されたかったのだという気づき。そして、みんなの前で弱さを出したかった、そうすることで、人を信頼したかった。

本当はただこれがやりたかっただけだったのだと気づきました。リアル会ならではの体験に感謝します。

 

あとは余談ですが、ワーク会も旅も生ものというか、またこの体験をしたいと思ってもできるわけではない、毎回がその時、限りの体験で、それを思うとせつなさも感じたりする今日この頃です。

だから次に言おう、とかないのかな、と、今言わなかったら、それまで。

ちなみに、お祭りでもそうですが、輪の真ん中って神が降りてくる場所なのですよね?!色々と思い馳せる日々です。

ほんとに参加できて良かったです。ありがとうございました。

 

 

Bさん

 

3日間参加して今朝の感覚ですが、「わたし」が溶けている感じがあります。

もらった資料(Hummingテキスト)のワーク1のすべての項目に今と過去あてはまるほどの意味づけマンでしたが、今朝、静かな喜び、なぜかわからないけどうれしい なぜだかわかないけど幸せ フィット感あります。

この会のあとで、みんなで「見つめ合いのワーク」をしてみて、至近距離で見つめ合い、繋がることで「全体性」がぐっと感じられて、実生活に戻っても「全体性」を長く持続できるように京都の会の体感を丸ごとコーティングしてもらえた感覚でした〜。「人の目がこわい」といっていた「わたし」なのに最後にはもっと見つめて欲しいし見つめていたい状態になりましたので反転に感謝です。

(日を置いての感想)

京都会のあと、今も静けさの中にいます。びっくりですが、静けさが苦にならず、何もしてなくてもしあわせです(笑)

苦手だった、人が人に攻撃的になっている場面に対面したんですが、一瞬はひるんだんですが、すぐ平安に戻りました。

人への信頼が増していて、ジャッジせず、すべては良き方向かっていると自然に思えました。

あの場で立体的にひとつの心を目撃できた事は本当に大きかったです。みんな背負っているもの、悩みは違うけれど、求めているのは、「平安」「安心」「愛されたい」でみな同じだった。

「わたし」の悩みは個人的なものではなく「全体」の悩みだった。それがわかって、自分が全体性に溶けていきました。

資料の「ありがとう ごめんね もういいよ 愛しています」の「もういいよ」を読んでいて涙が溢れました。

自我ちゃん、ありがとう!ほんともういいのだよ!と愛でる気持ちがわいてきました。

あと、ワークだけではなく、みんなと一緒にお茶や食事をして、素の自分でいろんな雑談できたことがよかったです。

ワーク中は、少しお澄ましの、よそいき感(緊張)の自分がとれなかったけど、何回もみなさんと雑談することで距離が縮まり親近感もうまれて、本音を出しても本当に受け取ってもらえるんだという安心と信頼が確信できたので、みんなとワーク外で仲良くできたことが大きなギフトになりました

まだ心揺らぐ時もあると思いますが、この新しい感覚を忘れないようにしていきますね。

 

 

Cさん

 

頭で理解していたことへの実感が深まりました。

今回のセッションで、わたしたちの心が何をしているのかを、まざまざと見させていただいたと思います。

対象とは全く関係なく、すべて心(頭)の中で起こっているということや、わたしたちは、分裂させた片割れの自分をずっと探していて、一緒になれなくて苦しいゲームをしているんだなぁ など、いろいろ腑に落ち、呆然としました。これからも、自分と出会っていく機会として、兄弟と出会っていきたいなと思いました。

 

 

Dさん

 

今回のワークは自我がどの様にこの世界をリアルに見せているのか、本来、私たちがどこにいるのかを思い出させてくれるワークでした。私は、みなさんのワークを客観的に見る事が出来たことがとても良かった

それも何回も何回も見る事ができて、ワークのもとになるテーマは各自毎回違うのだけれど、自我のはたらき方はみんな一緒で、また、みなさんが一人一人受けているワークを外から見る事によって、この世がストーリーである事がはっきりとわかりました。

自分が蓋をしてしまったり、当たり前になりすぎて気づきもしない感情や概念が出てきて、またそれを口に出して、意識出来た事がとてもありがたかったです。みんながひとつの場所に集まってできたワークならではの体験でした。

 

 

Eさん

 

私にとって、この3日間は、本当にあっという間で、「濃密」な日々でした。オンラインではあまり感じることのできなかった、体感型ワークが、こんなにも腑に落ちるなんて・・・目から鱗でした‼

私の場合、今の仕事を続けるかどうかで悩んでいたのですが、今の仕事でも私が欲しい感覚(安心、歓喜、平穏、充実、満ちた感覚など・・・)は十分得られるし、「仕事」が原因だというのは単なる思い込みで、本当の原因は「仕事」ではなく「誤った信念(こうじゃなきゃダメだという思い込み)」だったということに気が付きました。

 

一人ではなかなか気づけなかったと思います。本当に、参加の皆さんのおかげです。

個人的には、体験型ワークと今、学習している「奇跡講座」の学びが繋がって、さらに腑に落ちたと思います。

「本当のわたし(全体性)」への信頼、そして、人への信頼が増しました。奇跡講座の学びの中で「兄弟たちは共同作業する(癒しを手伝う)ためにいる」ということを学びましたが、「本当にそうだ」と実感しました。

3日間終えた後も、しばらくは、わたしの中から安らぎのエネルギーが絶え間なく溢れ出てくるような感覚がありました。本当に参加してよかったです!

 

 

Fさん

 

今でも漂ってます。響きの癒し、奇跡の周波数が静かに優しく感じるままに。かおりさんに対して、みなさんに対して、真っさらな気持ちで参加できたことが良かったです♪この気づきのアプローチが、これからの僕のマスターキーになるようなそんな、セッションでした。

 

 

Gさん

 

色んな学びを頭で理解していても、体感覚が伴わないと腑に落ちない感じがします。

自分の頭の中で起きていることを、座布団や椅子で視覚化して、相手の椅子に座ったら、思いがけない気づきがあったりして、びっくりしました。セッションを見ている側の時も、その人に何が起こっているのかがわかりやすかったです。

京都会の最終日の午後、身内のことで動揺するできごとがあって、しばらくは、苦しみや悲しみと一体となってしまって、苦しくて全体性の感覚がわからなくて、戻りたくても戻れなかったのですが、今朝からやっと全体性の感覚を思い出してきているのを感じています。

 目の前の出来事をどうにかしようとしない、私は何もわからない、私のやることは静けさにくつろぐだけ、そうしていると勝手に周りが整ってくるなど、教えてもらったことが、頭に浮かんできて、そうだったそうだったと、京都のワーク会にいたときの感覚に戻ってきています。

 

 京都会を終えた時は、外側の出来事に関係なく、私はくつろいでいればいいのだとわかって、それならできそうと思ったのですが、そう簡単ではなかったです。少しずつ訓練していきます。

今回、セッションを体験して、全体性の感覚を感じさせてもらったことは、とても良かったです。静けさにくつろぐってよくわからなかったのですが、いつも自分はこの感覚でいればいいんだとわかりました。