Humming 

 

皆さんの体験と気づきの声の紹介です。

 

Hummingの各セッションは、”夢”を見抜き、”現実”に戻ることを一貫して提示しています。

 

奇跡講座 ワークブック レッスン132より

 

「私は自分が「世界」だと思っていたものすべてから、この世界を自由にし、そのかわりに私自身の実相を選択する」(12:2)

 

京都ワーク会(2025年10月)

 

Aさん

 

かおりさんに出会っていなかったら、私は今頃どうなっていただろう。

それに、同じ時代にかおりさんに出会える確率って、いったいどれくらいなのか。私はこのご縁に驚愕するとともに、かおりさんに、そして自分自身に感謝せずにはいられない。遠回りに見えた道も、いまここに繋がっていたのだと。

 

暴れ馬のような自我にホトホト手を焼き、人生に疲弊し絶望しきっていた。

どこにも自我を扱うすべが、見つからなかった。

言葉遊び。わかったつもり。楽になったフリ。フワフワしたお花畑の中で。

すべて自我の成せる技。

自我への愛着を手放すことが出来ないまま、無条件に自我に巻き込まれていた日々。

これまで学んだスピリチュアルでは、自我を見抜く何歩も手前で停滞だけを繰り返す。

お金・時間・エネルギーを費やし、相変わらず自我的動機から【外側】の何かをゲットしに行こうとする、これまでと何ら一切変わらない【内側】。

 

言葉遊び。わかったつもり。楽になったフリ。フワフワしたお花畑の中で。

いつまで続けるつもりだったのか。

でも今、「奇跡講座」に出会ったから大丈夫。そう思いたかった。

けど、現実はそんなに甘くない。何度も挫折して「奇跡講座」から離れようとした。

私には、全体性と自我の間を埋める【必要な何か】が見つからなかったから。

 

かおりさんに出会ってからも、何度も感情が噴出して「やっぱり自分には無理。奇跡講座なんてやってられない!」

荒れ狂っていた時もあったけど、あれから約2年、私は別人のように【内側】が穏やかになってきている。

かおりさんのシンプルな言葉がいつも心に響き、後からジワジワと染み入ってくるのだ。

 

全体性と自我の間を埋める【必要な何か】とは。

つまりは、自我をどう扱ったらいいのか。

私にとって必要だった何かであり、その一言に凝縮されている。

ワークでは、それぞれの人のテーマに寄り添い、絡まった自我をかおりさんが手ほどきしてくれる。

かおりさんの体験から出てくる言葉は、親しみやすく自我への愛にも満ちている。

ほとんどの学習者がつまづいてしまう【自我の落とし穴】。

それをどう見抜ぬき、そして日常に落とし込めばいいのか?「奇跡講座」ではそこが肝になる。

しかし残念なことに今回の東京で、この形のワーク会は一旦終了とのこと。

一期一会の一つの心が、ともに自我の何でもなさを目撃し、贅沢な時間を共有できる唯一無二の貴重な機会。

私が私であるための、豊かな空間。

これまでかおりさんに触れた方も、初めてかおりさんに触れる方も。

本当の自分に出会うために、これ以上遠回りする必要はありません。

どんな予定も返上して、かおりさんに辿り着いて欲しいとさえ思います(笑)。

本当に貴重な機会をかおりさんが提供してくれていると、いま改めて実感しています。

 

 

Bさん

 

京都でもありがとうございました。

思考が訴えている深刻さとの間に隙を作るのですよね。

また、そもそも深刻さが要らない意味を腑に落とせた感があります。

京都滞在中から自分が変化していると感じています。

最近も気づきが続いていて、自分の感覚が49対51くらいで自我側から全体性側に移ったと感じます。

もちろん不安や恐れはあるのだけど、前よりかおりさんの言っている事が理解できて、いろんな事が腑に落ちたようです。どうあればいいのかがより明確になったので、前のように途方にくれたり、やり直し感に包まれたりしなくなりました。参加者の皆さんのワークを通して何度も自分に重ねて自我を見る機会があったおかげです。

 

三門(京都)では怖いと感じた木造仏と見つめ合いのワークをしました。

そこで、内面でただ自我が勝手に恐怖を見ているだけというのがありありとわかって、その気づきをそっと愛でていたら、怖かった木造仏はただそこに在る物になり、ただ優しく何でもない存在へと変化しました。

もちろんまだ、この世で幸せになりたいし、出来るだけ備えはした方がいいのではないかと悩むし、そんな力ないと不安になったりしていますので、自我は相変わらず「全然ダメ」だとささやきますが、それもそっと愛でてあげたらいいのですよね。揺り戻しはあると思います。

でも向く方角は変わらない。だから大丈夫じゃないかな!以上、いまの思いです。

 

 

Cさん

 

京都ワーク会に参加して本当によかったです。かおりさんをブログで知ってから、全体性にくつろぐっていったい何?」の疑問から始まったのが会への参加のきっかけでした。

特にリアルの会は、みんなの中に自分と同じ苦しみの種があることを目の前で目撃できる場であり、共鳴が起こって全体性の中いつのまにか自分も癒やされています。

リアルの会の参加後は、自我がぺちゃんこになって、静かで穏やかな気持ちが続きます。

今回のワークは、「本当の自己を生きる」ための、かおりさんからの愛のメッセージがたくさん散りばめられていたように感じました♡「心も自我」「間違った信念を教えてくれるのが感情」「真のコミュニケーションとは」「愛は自家発電」「自分を喜んでいく」「自己表現を止めない」今回のワーク中、これらのワードが刺さりました!

全体性とは?もリアル会だからこそ、あの場で体感できるのではないかと思います。

探求が好きでしたが、かおりさんを知ってからは、ゆるんだ心、あるがままの感覚の「本当のわたし」で今ここに着地しようと思えるようになってきました♡かおりさん、どうもありがとうございます♡

 

 

Dさん

かおりさん、今回もワーク会をやっていただきありがとうございました。とても楽しかったです。

かおりさんとみなさんのゆるんだ温かい空間の中でゆるんだ私がありのままに現れることができました。

「これが私」「この私はだめ」と決めてしまったが故に出せなかった私を、「認めてあげる」現れたい時は「現してあげる」をやっていきたいと思います。

改めて、まだ受け入れきれていない部分があったんだなぁ〜と気がつきました。

惨めでかわいそうな私を受け入れると惨めであることを認めることになるからそこに抵抗があったと。

そして、その考えから逃げまわっていたんだなぁと。でも今なら認めてあげられる気がします。

なぜなら本当の私はそれを包み込むことができるもっと大きな存在だから。

その考えは、恐れるようなものではなかったのだという理解が深まりました。

かおりさんと空間を共にできて良かったなと思います。

みなさんのワークを見て、聞いているだけでも気づきや癒しが起こりました。

今回も本当にありがとうございました。