Humming 

 

皆さんの体験と気づきの声の紹介です。

 

Hummingの各セッションは、”夢”を見抜き、”現実”に戻ることを一貫して提示しています。

 

奇跡講座 ワークブック レッスン132より

 

「私は自分が「世界」だと思っていたものすべてから、この世界を自由にし、そのかわりに私自身の実相を選択する」(12:2)

 

 

熊本ワーク会 (2026年2月)

 

Aさん

 

今回、2回目のワーク参加にさせていただきました。

1回目は自分自身もワークをさせていただき、今回は、皆さんのワークを見学する立場でしたが、不思議なことに、どのワークも「自分そのもの」のように感じられました。

今回のワークを通して、今いちばん強く感じているのは、私たちは普段、この問題、あの問題、あの人と、まるでモグラたたきのように世界を見ているけれど、実は個別の問題などなかった、ということです。解決すべき問題があると決めたかった。何とか決着をつけたかった。けれど、どの問題も解決しないし、そもそも解決しなくてもよかった。

 

気づいた後も、自我はすぐに「何とかしよう」と動き出します。

その魅力は強く、簡単に同一化してしまいます。

それでも、このワークでは、それを否定するのではなく「なんでもない」として見ていく。

そしてそれを、ひとりではなく皆で行える安心感とパワフルさ。どれだけ自我が騒いでも、どーんと構えていられる感覚。責めずに、ただ見届けていこうと思える感覚。

その安心感が、ワークの場にありました。

特に印象的だったワークがありました。その方のワークで、一緒に「死ぬ」という体験をさせていただけました。

生きているうちに、こんな経験ができるとは。

本当に貴重な時間でした!自我は、なんでもないものでありながら、「何とかしなければ」と必死に生きようとする存在。それしか生き方を知らない存在でもあるのだと感じます。

 

奇跡講座などの学びをしていると、自我で、無意識に思考するので、自我がいつの間にか、何か悪いものと感じてしまったり、そうならないよう頑張ってみたり、何者かになろうと目指してみたり。

それ以外のものにならなければ、幸せになれない」というような感覚を引きずってしまいます。

そして、そこでまた苦しんでしまいますが、「それでしかないもの」の自我としては、これはやるせない(泣・・・)

かおりさんのワークでは、自我を否定するのではなく、むしろ自我を体感して、愛おしさが自然と湧いてくる。

それが、とても自然な移ろいと感じられます。

引き下がることも、ただ場所を移動するだけ。

力を入れることでもない。

そして、そこに全体性があることに気づきます。それをひとりではなく、皆で体感しながら見ていけること。

きっと、とてつもない時間の短縮でもあるのだとも感じています。

私はかおりさんと出会ってまだ1年にもなりませんが、これまで30年ほど学習してきたことが何だったのか?とおもうほど、目から(体からも!?)鱗が落ち続けています。かおりさん、また皆様には心から感謝しております!

 

 

Bさん

 

みんなそれぞれの状況、悩み、気持ちを話すけど、結局テーマは一つで皆同じなのだと、毎回気付きます。

自我でさえも一緒に学びを進めているのか?と微笑ましくなるし分離は幻想なのだろうな、と感じることができます。

今日は特に、私は子どもの立場から、ほかの方は親の立場からを観察しました。

見るとわかるのは、すべて自分の思いの投影だし、「親だから子どもだから」と勝手に役割を押し付けて、理想通りに振る舞わないことに腹を立てているだけでした笑。

自分だ」、と頭でわかっているだけじゃなく、こうして皆とワークで体感することで気づき思い出します。

そして、かおりさんが言われた「身体で覚える」は私も大切だと思っていたことでした。

身体に記憶されている緊張を解くためにとヨガをしていますが、今日のこのワークが一番満ち足りた感覚でした。

あとは一人でもそこに戻れるかです。

 

 

Cさん

 

ありがとうございます。もう、ワークの後、眠くてさっさと早寝してしまいました。力が抜けたのかな~と。

今日、やっと真剣に自分と向き合った感じがあります。今までは、怖くて逃げて、誤魔化していました。

分かっていた事なのに…。自我の何でも無さを認めたくないだけだった。

「死」というワードを盾にして、恐怖心をそのままにしていました。

それなのにリセットできるかもと、幻想や、憧れに逃げていたのだと気づきました。

ワークを体験して体感の凄さもありました。

全体性の視座の、見えないけどバックアップ感!があります。

自分の言葉で「自信」って言った時の内側のパワーを感じました。

すべて愛です。

 

 

Dさん

 

ずっと小さい頃から、全てに怒りがあってイライラしていて、自分は何にイライラしているのかわからなくて・・。

そんな自分も嫌でした。沢山学んできたつもりなのに、いつも沸々とすべてに対して怒りがあって、この怒りはなんだろう?と思っていました。今回のワークで、自我の私を守るための怒りだったと気づけました。

弱い、何もない何者にもなれないダメダメな私を、とにかく守るすべは外との反発、怒り、不満。

この気づきがあってからは、朝はあんなにイライラしてすべてに不満だったのに、帰る頃にはスーッと自我が大人しくなっていました。

座布団に座ってみても何もきっと出てこないって思っていましたが、出てくるものですね。癒されました。

「あぁ、そうだった、そうだった」と思い出しました!かおりさんみなさん、ありがとうございました。

 

 

Eさん

 

昨日は久しぶりに、人のワークに身を委ねました。これまで色んな心理療法に触れてきましたが、「これで変わるかもしれない」という期待と、「やっぱり変われなかった」という落差を、どこかで繰り返していた自分にも気づいていて。

その“期待と絶望”に、ほとほと疲れていたのかもしれません。

最近、非二元の学びに、静かに触れているとき、大きな安堵を感じている自分にも気づいていて。

ただ、日常の中では自我が邪魔して、なかなか実践できないので、こういったワーク会がありがたいです。

いつも、ありがとうございます。

 

Fさん

 

以前、かおりさんのセッションを初めて受けた日、こころの学びを続けても楽にならないのは視座が自我のままだからと聞いて衝撃を受けました。それ以降、無意識でいると自我や思考に乗っかってしまうので、できるだけ全体性の視座を意識することは心がけていますが、意識するだけだとすぐ自我に引き戻される感じや本当に全体性の視座なのかわからなくなる時があります。

今回のタイムラインワークで、全体性の視座から現在、過去、未来を眺めた時、身体はどうなるかを体感したことで、これまでよりも全体性に戻りやすくなったと感じています。

具体的にどんな体感かというと、全体性の視座に立った時の身体は、背筋が伸び、胸が開いて、呼吸が深くスムーズになり、重心が丹田で安定して、視界が明るくなる感じでした。

要は坐禅や瞑想の姿勢とほぼ同じです。

 

今までの学びでも、姿勢の大切さは何度となく聞き、わかってはいても、日々の生活ではついつい身体は前のめりになり、呼吸は浅く、どこか落ち着かない感じを抱え込んでしまいます。

私を含めほとんどの人が、学びの後しばらくは自分で意識してやってみるけど、そのうちやらなくなったり、忘れてしまったり、疑問が出てきたりすると思います。

 

私の場合、これまでは、学んで、実践して、時々しか実践しなくなって、そのうち忘れてしまう、、、そんな流れがほとんどでしたが、かおりさんと出会ってからは、ワーク会や個人セッションや読み合わせなどなど、再確認や軌道修正ができる場所がたくさんあって本当に助かっています。

これからも思う存分活用させていただきます。いつもありがとうございます。