3月22日
若い頃、アジア、特に韓国なんて年取ってからでも行けるから、今のうちにヨーロッパやイスラム圏へ行っておこうと思った。
今、ソウルに来ているということは、自分がそういう年齢に達したということである。
旅の定義は人によって違う。
特に「一人旅」についてはかなり違うだろう。
私にとっても、家族や友人との旅行と一人旅は微妙に異なる。大袈裟に言えば、一人旅は“魂への投資”である。
若い時にそう信じ、今もその考えは変わらない。
ローマという街は、古代ローマの中心地だったフォロ・ロマーノから戦後の最新建築まで、二千年に及ぶすべてのものを残している。
いつの時代の建築物も共存しているからこそ、ローマというのはあれほどにまで魅力的なのである。
旅も同じである。
大抵、最初の一人旅は鮮烈である。一人旅の記憶は決して消えない。
しかも印象的な旅の記憶は、次から次へと旅を重ねることでさらに重みを増す。
旅がその人の個性を形作ることもあり得る。
一人旅を、“自分を見つめる機会”や“リフレッシュする機会”と定義するなんてあまりにも勿体ない気がする。
帰りの道中そんなことを考えた。
ソウルから午前便で日本に帰って来た。
空港には3人が出迎えてくれていた。
妻に、頼まれものがなく、たいした土産がないことを告げると、「何のためにソウルまで行ってきたの?」と言われ、苦笑。
価値観の共有は本当に難しい。