本当の意味で岡本太郎を知って、丸3年。相変わらず、彼は僕を魅了し続けている。
おそらく大半の人は、岡本太郎の絵を見て、誰の絵か知らされていなくても、彼の絵だと分かるだろう。それと同じで、きっと、僕は、岡本太郎の文章を読んで、著者の名前が出ていなくても、彼の文章だとわかるだろう。それぐらい、彼の言葉や思想は独創的だし、僕に与えた影響は大きいと思っている。
今回も、そもそもこのタイトル自体(「人間は瞬間瞬間に、いのちを捨てるために生きている」)が岡本太郎らしい。☆4.2
全編を通じて、刺激を受けるが、特に“母のいのち、父のいのち”編が興味深かった。
“激しいいのちは、かくも矛盾をはらまなければならないものか。”
“私は誤解のカタマリみたいな人間こそ素晴らしいと思う。純粋であり、純粋であるがゆえに誤解される。そしてどこまでが、誤解であって、実体がどうなのか,自他ともに分からなくなってしまうくらい、スケールの大きい・・。
“ロマンチズムが高まるときは、精神的帝国主義となる。己に触れて来るもののすべて、世界全体をも征服し、自己と同質化するか、でなければあくまでも挑む反対物としなければやまない。彼女(母 かの子)には多分にこのような情熱があった。それが彼女の呪いであり、しかしまた生きる、換言すれば唯一つの意義でさえあったのだ”
いずれも、息子 太郎が、母 かの子を評した言葉である。しかしながら、まさしく彼自身を表現しているかのような言葉にも映る。
さらに、印象的な言葉をもう一つ。
“私は現在の私自身に問題をぶつけて来ない過去を否定する。不遜であり、無謀であると批判されるであろう。しかし、過去のものがそれとして如何なる価値があろうと、それを問題として取り上げることによって、自分の視点をそこまで引き戻したくはない。それは私のたてまえ、というよりも信念。というよりも確信である。だから、私は過去の権威を真っ向から否定する”
彼の言葉は、読めば読むほど、多くのインスピレーションを与えてくれる。
下手なアイデアのハウツー本なんかより、岡本太郎の本を読むべきだ。
ずっと多くのアイデアが湧いてくる。