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世界経済での製造業の位置づけ

金融経済がグローバル社会の中心となりつつある現代、製造業の経済効果とは。

手続というのは、どんな場合でも簡易・迅速をもってよしとする考え方かおり、また、「すべて同じようにしないと平等ではない」というプリミティブな考え方があったわけです。これも悪しき平等主義の現れなのかもしれません。しかし、紛争、トラブルにもいろいろなものがあり、全部のケースを同じ手続でやる必要はないのです。ある種の事件は簡易・迅速にぱっぱっと解決してもよいでしょう。


そういうものをわざわざ陪審裁判にかける必要など全くないわけです。正しい記録や契約書などもしっかりと揃っているようなケースであれば、誰が見ても判断がしやすいでしょう。肝心なのは、当事者が「もっと徹底的に真相を究明したい、究明する必要かおる」と思ったときに選ぶことができる制度かおるかどうかです。まずは徹底した証拠開示制度かおり、最後の砦として陪審裁判が控えていて、それが時として機能を発揮するというシステムが存在することに、大きな意味があります。


権利を実現するために苦労をして賠償金を勝ち取るのは、タナボタとは違います。裁判による賠償金は、保険金のように簡単な審査だけで自動的に下りるものでもないのです。だからといって、裁判手続を簡単に済ませることもできません。手続を簡易なものにして手を抜くと、かえって誤った処理がされてしまう心配があります。その意味で、ある程度は面倒な手続が避けられないことも理解してほしいと思います。むしろ、この面倒な手続を前提にして被害救済のために手開ひまをかけたら、それなりに賠償の金額や方法を割の合うものにするのが合理的であるはずです。


例えば、証拠の出し惜しみなどで無理な抵抗をしたら、そのコストを負担させるとかのペナルティを科すことも考えるべきでしょう。不正義が根本的に改められるような、そうした努力を払って、裁判で白黒をつけて初めて、本当の意味で権利が実現されたと言えるのではないでしょうか。裁判にかかる時間や労力などのコストをすべて権利を実現した人の負担にするのは、結局のところ「権利の目減り」と呼ばれる結果をもたらします。

仮に資金繰りが続いていたとしたら、幸福銀行に公的資金は注入されただろうか。間違いなく否だ。事実上、破綻状態にあった同行は、六百億円の公的資金を入れてもそれによって再建できる可能性などあるはずがなかったし、監督庁は、頴川一族によるはなはだしい銀行の私物化を非常に苦々しく見ていたからだ。


たとえば、幸福銀行による関連会社十八社への融資残高は一千四百億円にのぽり、全融 資額の一割にも及んでいた。このなかには、大一商店など頴川一族の持ち株会社的な企業のほか、一族が役員に名を連ねる企業が複数散見される。内部から噴出した告発文書には、(社長宅は女中から庭師まで全員銀行丸抱えで、身分は私たちと同じ「幸福銀行社員」。しかもこれらの人達はリストラの対象外。(中略)社長の豪邸は昔から社宅扱いでと、その公私混同ぶりが綿々とつづられている。こうしたオーナー頴川一族による、自行を利用した蓄財は数多く指摘されており、今後、当局による捜査の動向に注目が集まっている。


銀行の陰に政治家ありで、幸福銀行の破綻劇においては、この点にも触れないわけにはいかないだろう。同行を救うために水面下で動きまわった政治家がいる。頴川一族と親族関係にある木村義雄氏(自民党)である。その圧力工作は水面下とはいえあまりに露骨で、写真週刊誌に大きくスッパ抜かれたほどだ。


関係者はこう証言する。「監督庁、再生委員会に対する木村代議士の介入には、すさまじいものがあった。要するに、幸福をつぶすなと。ただ、身内の銀行のために政治家が動くというのは、あまりに低レベルな話。金融当局の人間からは、公私混同だ、と大きな肇壁を買い、政治家たちでさえ、ありゃひどい、と眉をひそめていた」だが、そんな木村議員の奮闘もむなしく、幸福銀行は五月二十一日、資金繰りに行き詰まり破綻する。


幸福銀行の破綻は、大蔵金融行政に対する不信を改めて痛感させることにもなった。幸福は九五年の大蔵検査で債務超過だったことが発覚、そのゆく末をめぐっては一昨年から何度も報道されていた。にもかかわらず、健全銀行としての扱いを受けていた同行には、グループ傘下の京都共栄銀行の破綻に直面し、九八年に受け皿銀行となった経緯があったからだ。

66歳を迎え健康不安がささやかれる金正日氏の後継者選びにも注目が集まる。一時は長男の正男氏が有力視されていたが、日本への不法入国事件などで後継者レースからおろされたと各国で認識されていた。だが、その後2007年に帰国して朝鮮労働党の指導部で働いているとも、秘密資金管理のためにマカオに滞在しているとも伝えられ、情報は錯綜している。現在、最も後継者に近いとされるのは、すでに中央党本庁舎に執務室を持っているとも伝えられている次男の正哲氏だが、彼に関する情報のほとんどは関係筋の話や専門家の分析によるものである。素顔はいまだに謎が多い。


いずれにしても3代目は飢饉と人口流出、さらに政権の内部崩壊の可能性もささやかれる北朝鮮をどのように立て直していくのか。北朝鮮の行方は世界中が無視できない状況が続いている。貧民の銀行グラミン銀行を率いるムハマドーユヌスとはどんな人物?2006年のノーベル平和賞にバングラデシュの銀行とその総裁が選ばれた。グラミン銀行とムハマドーユヌス氏である。下層に生きる貧しい人たちの経済的・社会的自立と発展に貢献するグラミン銀行の活動が評価されての受賞だった。


グラミン銀行は、一般の銀行と理念やシステムが大きく異なっている。銀行名の「グラミン」とはベンガル語で「農村」を意味し、政治や社会のシステムによって貧困から抜け出せない農村の貧困層に無担保で小額の融資を行うことで自助努力を促すのが目的だ。グラミン銀行誕生のきっかけは、総裁であり設立者でもあるムハマドーユヌス氏が抱いた既存の経済学への疑問からだった。ユヌス氏はアメリカで経済学を学び博士号を取得、帰国後バングラデシュの大学で経済学を教えていた。だが、自分か学生に講義している内容が世界最貧国のひとつであるバングラデシュの現実に対応しないものであることを感じ、1970年代半ばからゼミの学生とともに大学近辺の農村で貧困の原因を突き止めるべく調査を始める。


そこでユヌス氏が見たものは、潜在能力を持ちながらも腐敗した政治や地主の搾取によって経済的自立を阻まれている村民らの現実で、ここに市場原理を持ち込み、貧しい人々にチャンスを与えれば貧困の撲滅につながる、と考えたのだ。「資産を持たない農民にもお金を借りる権利がある」と考えたユヌス氏は、マイクロクレジット(小額融資)を実践し始める。その方法は農民を何人かでひとつのグループにしてお互いを連帯保証して無担保でお金を借りるというもの。このシステムは信頼関係だけで成り立っているが、その返済率はというと、なんと98パーセントにのぼっているのだ。


しかもその利用者の97パーセントが女性だ。イスラム社会であるバングラデシュで女性が収入を得て、財産を築き上げることは革命的といわれる。そうした既存の社会の枠を超えて、すべての人が経済的に自立できるシステムを確立したのがグラミン銀行でありユヌス氏なのである。こうしたシステムや活動は世界的な注目を集め、アジアやアフリカ、ラテンアメリカの開発途上国はもちろん、先進国でも同様の制度が採用されるようになった。政治の力ではなくグラミン銀行の考え方から、世界が貧困の撲滅に取り組みだしたのだ。