ヒーロー‼️
6月3日、昭和の大スター長嶋茂雄氏が永眠された。
昭和という時代において我が師である大山総裁を始め、ブルースリー、松下幸之助、本田宗一郎(敬省略)、他にも傑出した人物が多く存在したが、長嶋茂雄氏は昭和の最後のヒーローだったように思う。彼の訃報を知ったとき、ひとつの時代が終わったと感じた。
あの頃は、サッカーやラグビーなどのスポーツは今のように広く知れ渡っておらず、大人も子供もみんな野球に夢中だった。私も例外ではない。長嶋氏に憧れ、中学に上がると野球部に入部した。
彼のようになりたくて練習に励んだ日々を思い出す。
長嶋氏は、スポーツ界の枠を超えて、国民的スターとしてその存在を広く認められてきた。01年
に手退し、巨人軍の終身名誉監になった。その後、日本代表監督に就任し、04年アテネ五輪出
場権を勝ち取り、野球人生の集大成を飾るはずだった。しかし同年3月に脳梗塞で入院し、右半身
にまひが残った。努力する姿を表に見せないことを美学としてきたが、「全国の後遺症の人たちに少しでも役に立てば」と壮絶なリハビリの様子をテレビなどで公開された。同じ病に倒れ、それで
も自分のため、家族のため、みんなのために前進しようと闘い続けてきた私には、彼の生き方そのものが手本で、いつも私のヒーローなのである。
5月18日、第29回香川県空手道選手権大会ならびに第2回香川県「型」空手道選手権大会が開催された。以前は組手だけだった桑島道場からも、「型」というカテゴリーが増えたことで、より多くの選手が出場し健闘して素晴らしい成果を上げることができた。
大会最後の見どころとして、みんなが見守る中で組手の一般男子の決勝戦が行われた。
志賀(愛媛)VS.桑島(香川)の一騎打ちにみんなが興奮した。
桑島、そう私の愛息である。私も人の親であり、我が子を応援する気持ちは十分持ち合わせているが、大きな声援を送るわけにもいかず、只々見守るしかなかった。結果は僅差で志賀選手に軍配が上がった。
負けたのはなぜか?桑島選手は 30代で若さがある。若いということはのびしろも多く、それだ
けで大きな武器である。一方、志賀選手は40代で、30代に比べればのびしろは少ないはずだ。
しかし、彼には一緒に参加した少年部の選手たちの前で負けるわけにはいかないという気迫が感じ
られた。あの子供たちにとって、勝利の瞬間、彼はヒーローだったに違いない。
勝負の世界において、勝つことは重要視される。みんな負けるよりも勝つ方がいいに決まってい
る。しかし、型でも組手でも出場を決意し、本番に向けて一生懸命稽古に励み、そして緊張の中で
舞台に立つ、それでもう十分ヒーローだ。今大会に出場された選手の皆さんには、勝ってらず負
けて腐らず、常に進化し続けるヒーローであって欲しいと願う。
令和のこのご時世、昭和の時代との様々な違いに躊躇することもある。だが時代が変わっても、
変わらないもの、変えてはいけないものがある。私も『昭和のチャンピオン』として、夜空に輝く
一等星となった長嶋茂雄氏に見守られながら、昭和の精神を後世に引き継いでいきたい。
押忍‼️










































