映画 「おーい、応為」
見終わった後に、一服したくなる映画。
好みが分かれるかと思いますが、俺、こういうの、好きなんですわ。
生命力の匂いがする、息遣いが聞こえてくるようでした。
葛飾北斎の娘、葛飾応為が主人公なんですが、
北斎親子と、わんこの物語として楽しめました。
監督・脚本は、大森立嗣(たつし)。
麿赤児の息子で、大森南朋のお兄さんですね。
原作は、飯島虚心「葛飾北斎伝」と、杉浦日向子「百日紅」。
この2作品をベースとして、大森監督が脚本を書いたそうな。
物語は、北斎の娘、お栄が、嫁入りした旦那と大喧嘩して、
出戻りとなった場面から始まります。
気性が激しいのは、父親譲りであることが、すぐにわかっちゃう。
互いにののしり合いながらも、二人で暮らし始める。
あれれ、母親はいるのかな、と思ったら、後で出てきます。
ある日、お栄は、わんこを拾って帰って来たのでした…
主演は、長澤まさみ。時代劇初主演だそうで。
(「隠し砦」のお姫様は、脇役だったのかな)
もともとあまり好きではない女優だったんですが、「ドールハウス」が、
「その時は彼によろしく」以来の俺的ヒットだったので、最近はちょっと応援。
彼女は静岡県出身だそうで、幼少の頃から富士山の美しさを知っていたのでしょう。
北斎を演じるのは、永瀬正敏。
彼が出た時代劇は、「隠し剣鬼の爪」「五条霊戦記」だったかな。
お二人とも、大森作品に出演した経験がおありなので、息ピッタリでしょうか。
そしてそしてそして、わんこが、実にかわええ。
娘をつなぐ鎹として、潤滑油としての役割があるのかも。
名前をつけられるんですが、そこは、映画を見て確認して下さい。
共演は、高橋海人、寺島しのぶ、篠井英介。
でも基本は、父親と娘と、わんこ。
この三者の組み合わせが、いいんですね。
最初はいぶかしがった北斎も、あることがきっかけで…
ああ、いい親子だなあ、って思います。
この組み合わせだったからこそ、いいものが生まれたのかもしれない。
あと、撮影監督の辻智彦、照明を担当した大久保礼司の両者も、賞賛に値します。
まるで、応為の画風のような、陰影を深く表現した技術が、素晴らしい。
昼の光と、夜のロウソクの灯りの、絶妙な加減が、とても際立ちました。
寺島しのぶが登場した時なんか、最初は、誰だろうって考えましたもん。
しかし、声色で、佇まいで、彼女なんじゃないか、と感じました。
実はこれ、物語としても重要な表現だったんじゃないか、って、
映画を見た後で、深々と考察した次第です。
辻氏は、若松孝二監督もとでも、才能を発揮した男。
「あさま山荘」での、坂井真紀の腫れあがった顔を撮った時の迫力は、
一生忘れられないようなレベルの、トラウマ級の映像でした涙
ああ、深い。
絵画も、浮世絵も、映画も、
限りなく深くて、大胆で、鋭く迫って来る。
そしてさらに、大友良英の音楽が、これまたいい。
ジャズと、尺八のような和楽器が、いい感じで、アレンジされている。
ユーモアの場面で流れる、アレは粋でしたね☆
とにかく、どこを切っても、楽しめる要素が満載の映画でした。
俺は、父親という存在が最悪で、恐怖と憎しみの対象でしかなかったので、
不器用ながらも、ちゃんと親子をやっている二人が、この上なく羨ましい。
思えば、映画の世界で、親子関係の何たるかを補完して教わったおかげで、
今日まで、ひとりの人間として生きてこられたんだと思っておりますから。
実は俺、劇中に登場する「吉原格子先之図」の実物を見たことがあります。
2023年に、上野の森美術館で「モネ展」を見た後に、
原宿まで行って、「太田記念美術館」へ。
たまたまその時、期間限定で一般公開されていたような。
掛け軸になっていたその絵は、小さいながらも迫力があって、
色彩鮮やかな、極上の、美しい作品でした。
映画を見て、あの時の感覚が、鮮明に蘇りました~感動。
応為は、「日本のレンブラント」と呼ばれるらしく、
深い陰影で表現する、独特の技術を持っていたんですね。
ラトゥールやフェルメールのように、
今、まさにそこで息づいている、生命力を感じさせるオーラを放っている。
かわいらしいフィギュアが飾られている、ジオラマのような緻密さ。
(あ、長澤嬢が主演したのは「ドールハウス」でしたね笑)
親にとって、かわいがりたくなる子供とは、一体どういうものか。
子供にとって、親孝行したくなる親とは、一体どういう存在なのか。
一見、だらしない生活に見えるのかもしれないが、
そこに住み続ける、両人を見れば、感じるものが、たしかに、ある。
この環境は、両者がたどり着いた、居心地のいい、最終形態なのだ。
俺は、この親子が、とてつもなく、神々しい。
羨ましくて、仕方がない。
自分には縁がなかった領域だけど、
映画の中で、同じ時間を過ごすことで、
同じタイミングで笑い、怒り、悲しみ…
そして、無言の時間を、静かに共有する。
派手な世界もいい。
シンプルな空間で、空想や想像力を働かせるのもいい。
今、ここに、自分が生きている、という確かな感覚が、
熱量となり、推進力となって、心を、体を、動かしていく。
雨が降ったり、晴れたり曇ったり、
もがいて喚いて、感情をぶつけ合って、
気がついたら、いつの間にか、心が洗練されていって、
二人で、同じ空間で、静かに、絵を描いている。
いや、静かじゃない。
シャッ、シャッ、するする、ひゅう、バシッ、さーっと。
そんな、荘厳な音だけが、二人の生命力を、彩っている。
親子であり、師弟でもある、特殊な関係。
両者の魂が、生きるスピリットが、火花を散らして、
何か、得体の知れない、魔物を生み出していく。
これが、興奮せずにいられようか。
絵心のある人は、必見です。
「ゲルマニウムの夜」「さよなら渓谷」「MOTHER」
「星の子」「湖の女たち」を生み出した大森監督が、
渾身の力を振り絞って生み出した、ぬくもりのある映画。
…煙草の煙が、目にしみるぜ。