映画 「湖の女たち」 | 映画熱

映画 「湖の女たち」

孤独な状態が続くと、自分の中で、何かが確実に暴走していく。

 

 

これはまた、強烈な作品が登場しました。

 

世の中は、穏やかなようでいて、不条理なことが充満しているもの。

 

ある一点が崩れると、次々と連鎖が起きて、誰かが追い詰められていく。

 

 

介護施設で、100歳の老人が死亡。

 

原因は、人工呼吸器が作動しなくなったため。

 

機械は故障していない。壊れたのは、人間の方だということに。

 

犯人は一体、誰なのか…?

 

 

 

監督・脚本は、大森立嗣。 原作は、吉田修一。

 

この組み合わせは、「さよなら渓谷」ですね。

 

あれも、加害者と被害者という、不思議な組み合わせの男女の物語でした。

 

大森監督は、「悪人」「怒り」「ゲルマニウムの夜」「星の子」「MOTHER」など、

 

理屈じゃ説明できない感情を、徹底的に表現するプロ。

 

ご自身も俳優として、「海炭市叙景」や「濱マイク」に出演していました。

 

大森53歳、吉田55歳。信頼関係で結ばれた両者の激突が楽しい、極上の1本。

 

 

 

主演は、松本まりか。役柄は、介護職員。

 

彼女を劇場で見るのは、もう5回以上になるかな。

 

やっぱり、「ノロイ」の印象が凄かったので、すっと彼女には魔物が棲んでいると思っています。

 

一見、弱々しいようで、ダークな塊りを秘めているような…

 

本作でも、言葉では表せないような、クリーチャー的な魅力を放っております。

 

 

 

彼女を凌辱していく刑事を演じるのは、福士蒼汰。

 

仮面ライダーフォーゼのゲンちゃんも、見事に嫌な奴に成長しましたね。

 

笑顔は封印。本作の彼は、全くといっていいほど、笑いません。

 

もうすぐ子供が生まれるのに、夫婦の会話が幸せそうじゃない。

 

ここからすでに、彼の心の中で、何かがうごめいている感じがするのです。

 

 

 

福士君の先輩刑事として登場するのが、浅野忠信。

 

う~む、さらに歪んだ、刑事ゆがみですなあ。

 

浅野君と福士君のバディは、見ているだけで、関係性がすぐわかっちゃう。

 

のっけから、フラストレーションがムンムンMAX。

 

そして、平田満やら、財前直見やら、根岸ねえさんやら、曲者がいっぱい。

 

これは、誰が犯人でもおかしくない。もう、全員が容疑者でいいレベル。

 

ああ、映画を見ている俺も、犯人の視点になってしまいそうですわ。

 

 

 

 

誰もが、心の奥底に、黒いものを抱えて生きている。

 

生きていくための手段として、処世術として、何かを装っていても、

 

あるスイッチが入ると、それは、容易に発動してしまう。

 

 

言葉がきっかけになったり、行動がきっかけになったり、条件は色々あるけれど、

 

そうしたくてなっているんじゃないて、そうせざるを得ない、という状態。

 

無意識の中で、気がついたら、こんなことをしてしまっていた…

 

それは決して、気持ちいいものとは限らない。

 

むしろ、耐え難い苦痛にうごめく、永遠の地獄が始まる儀式なのだ。

 

 

罪を犯す、という精神状態は、実に、身近なところにある。

 

禁断の領域に足を踏み入れる、とか、

 

一線を越える、とか、

 

「こちら側」から「あちら側」へ。

 

踏み外す、ということは、いたって容易いから、始末が悪い。

 

 

しかしながら、「あちら側」に移った時点で、そこが「こちら側」になるのだ。

 

その瞬間から、新たな視点が生まれ、さらに、その先にいる、新しい自分を獲得する。

 

せっかくここに来たんだから、その状況を楽しんだってよかろう。

 

そうでなくては生きていけないし、そこが、人間の、適応能力のなせる技というもの。

 

 

本作のテーマは、実に、深いところにあります。

 

深くて不快。腐海とともに生きよ。という、壮大なメッセージ。

 

「湖」とは、何を意味するのか。

 

内陸に囲まれて、海とのつながりがない水の塊りの中で、うごめいている、何か。

 

この映画のタイトルに、観客は何を感じ取るのか。

 

 

社会派サスペンスでありながら、ヒューマン的な要素もある。

 

そりゃそうだ。社会ってのは、人間の集合体なんだから。

 

 

 

ひとりじゃ生きられないから、人は群れる。

 

どうせなら、心を煩わされることなく、平穏に生きたい。

 

それなのに。ああそれだけなのに。

 

 

諸悪の根源って、何だろう。

 

何が人を、そうさせるのだろう。

 

 

だけど~何が~そう~させる~のか~

 

誰に~も~わからないよ~ (尾崎豊「街の風景」ライブCDのオリジナル歌詞より)

 

 

わからないから、わかりたいと願う。

 

変化が怖いから、何もしないで、今のところにいる者がいれば、

 

今の状態にうんざりして、行動に移す者もいる。

 

好奇心から行動して、後悔する者がいれば、

 

やむにやまれず、気がついたら、行動してしまっていたということも、確かに、ある。

 

 

それを、責める者、あざ笑う者。 貴様たちに、一体、何がわかるというのか。

 

映画を見ていると、もう、犯人なんかどうでもいいような気分になってくる。

 

誰もが犯人であり、誰もが被害者である。

 

そんな、どんよりした世界で生きているだけで、嫌になってしまいそうになる。

 

 

だから、人は、もがくのだ。

 

自分の居場所を探して、さまようのだ。

 

ここにいたら、確実に殺されてしまうから。肉体的にも精神的にも。

 

だから、気がついたら、行動してしまっているのだ。

 

 

 

 

長く生きていると、色んなことが起こります。

 

予期せぬ不幸もあれば、取り返しのつかない過ちをすることもある。

 

そこに、傍らに、誰かがいてくれたら。

 

いい人か、悪い人かは、大きな問題じゃない。

 

自分を本気で理解してくれようがしまいが、あまり関係ない。

 

 

自分を、自分として、認めてくれる存在がいてくれるだけでいいのだ。

 

人とのつながり方を、学ぶ機会を得られなかった者は、「飢え」がいつまでも続くから…

 

 

 

 

 

松本まりかの背中が、官能的でした。

 

屈辱的なポーズながら、背中から腰にかけての肉づきが、生命力にあふれている。

 

凌辱されているのに、体が生き生きとしているように見えるのが不思議。

 

すごいなあ、この場面、すごく心に残りました。

 

「さよなら渓谷」の真木よう子よりも、俺は、まりかちゃんに魅了されました。

 

 

松本まりか39歳、福士蒼汰30歳。

 

見事なキャスティングで、実にいいバランス。

 

初々しい熟女と、大人になりかけた青年。

 

これは、エロ映画として、いい素材ですなあ。

 

 

 

フォーゼのゲンちゃんは、新しいアストロスイッチを獲得しました。

 

下半身のフォーゼドライバーは、エンジン全開。バッテリーはビンビンだぜ。

 

 

…ようし、今日からお前は、オレのダチ(愛人)だ!