八日目の蝉 | 映画熱

八日目の蝉

親って何だろう?愛情って何だろう? …善と悪の境界線は?


酒の記事ばっかり書いてたので、ここは酒飲みオヤジのブログか?と思われてもいけないので、そろそろ“本業”を再開しましょう。昨日、ようやく新しい映画を見てきました。


原作は、角田光代の同名小説(中央公論文芸賞受賞)。監督は、成島出。脚本は、奥寺佐渡子。撮影は、藤澤順一。音楽は、安川午朗。主題歌を歌うのは、中島美嘉。


出演は、井上真央、永作博美、渡邉このみ、小池栄子、田中哲司、森口遥子、市川実和子、平田満、余貴美子、田中泯、劇団ひとり。


さて、映画ですが、理屈やモラルを超えた、人間の心情に焦点を当てた作品に仕上がりました。映画の世界に入り込めれば深い世界を味わえますが、斜めに構えて見れば、なんじゃこりゃ、という風になってしまいそう。賛否両論でしょうが、大半の人は感動できるでしょう。人の心ってものの本質を考えれば。


不倫の果てに身ごもった子供を、中絶せざるをえなかった女。彼女は、本妻が生んだ子供を一目だけ見て終わりにしよう、けじめをつけようと思った。しかし、泣いている赤ん坊を抱き上げてしまった時、心の中に何かが弾けるのを感じた。気がつくと、赤子を抱えて走っていた…。



主演は、井上真央。TVドラマ「キッズ・ウォー」の前蹴り少女も、いっぱしの女優に成長しました。以前に書いたTVドラマ「あんみつ姫」の時にも感じたことですが、彼女は、視線が凛々しい。幼少の頃に心の問題があった人は、どこかおどおどしたり、人と視線を合わせるのが恐いといった症状があったりすることがよくあるもんですが、彼女は、しっかりを相手の目を見つめている。それは、彼女を育てた人が、子供の目を見てちゃんと話していたからじゃないかと思う。


彼女は、心の闇を抱えたまま大人になったけど、自分の目でしっかりとものを見ている。その複雑な表情の奥に、必死でひたむきに生きている彼女の生命力を感じるのです。子役の渡邉このみちゃんを、よく見ておいて下さい。


誘拐犯を演じたのは、永作博美。彼女にとって、本作は生涯にとっての代表作になるでしょう。TVドラマ「週末婚」や、「ドッペルゲンガー」では、トンデモな状況に振り回されるコメディ女優としてのイメージが強かったんですが、「人のセックスを笑うな」では松山ケンイチを振り回し、「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」では、強健な精神力で主役を圧倒する名演技を見せて、演技力の凄まじさを披露。


そして、本作。脚本を読んだ時にすでに泣いてしまったという。『…難役だけど、飛び込んでみよう、やってみたいと強く思いました。』 昨年の5月に出産した経験もあって、この映画に何かを感じたのかもしれないですね。全身全霊で演じていました。永作ファンは必見です。現在40歳。これからもガンバレ!


そういえば、子供を背負って歌うシーンがあるんですが、歌うまいな~なんて思っていたら、もともとアイドル歌手じゃん!ribbonというグループを知っている人は、筋金入りだと思います。そして本作で彼女が歌った歌は、あの歌です。今の時代にちょうどいいあの歌。符合するように、サントリーモルツの缶ビールが画面に登場。そう、アレです、アレ。(これ以上は言えない)



ルポライターを演じるのは、小池栄子。今回は、何やらワケありの役。「接吻」の時のクールな役どころとは180度違いますので、こちらもご注目。いやあ、今回は、いい女優さんが揃っているなあ。市川実和子も、重要な役どころで、いい縁起してましたのでよく見ておいて下さい。


極めつけは、エンジェルホームの教祖を演じた、余貴美子。ヘアスタイルといい、雰囲気といい、ショッカーの怪人みたいで爆笑でした。すげえ、あの眼光で睨まれたら、気絶してしまいそう。さすがはプロです。彼女はもう、どんな役でもOKですね。この路線で、ドンドン変な役を演じていって欲しいところ。


子供を奪われた母親を演じるのは、森口遥子。冒頭に登場するのは彼女なので、よく見ておいて下さい。彼女の演技は、迫力がありました。鬼気迫る熱演をお見逃しなく。…ああもう、誰が助演女優賞もらってもおかしくない!



女性陣のパワーが物凄いので、その分、男性陣の影が薄いこと(笑)。だって、ロクな男が出てこないんだもん!問題の浮気オヤジを演じるのは、田中哲司。いい俳優だけに、こういう役もウマい。真央ちゃんの恋人役は、劇団ひとり。演技はドヘタですが、チャラ男なのでセーフ。「嫌われ松子の一生」とおんなじキャラでしたね。平田満は、普通にいいおじさんでした。


しかし、特筆すべきは、田中泯のおっちゃんでしょう。まさか彼が登場するとは夢にも思っていなかったので、画面に登場した時に息をのみました。おお、カッコいい!シブい!出番はわずかですが、存在感が尋常じゃありません。ちなみに、「たそがれ清兵衛」で剣の達人を演じた人です。男性諸君、ここはキチンと見るべし!



あとそれから、オヤジの皆様、本作にはエロはありませんので、変な期待をしてはいけません。濡れ場も一応ありますが、見えそうで見えないので、どうかイライラせぬよう。劇団ひとりの乳首だけはドアップですが。そういうわけなので、この映画、親子や家族で行っても大丈夫です。母親と娘という組み合わせがベストかも。




母性というのは、言葉では理解しているつもりですが、男である自分には、100%の理解は不可能であるように思います。ただ、映画を見ていると、わかってあげたいという気持ちになる。妊娠を告げる時の女性の気持ちを、映画の男性はまるで考えていないように見える。愛の本質って何だろうな、って考えずにはいられません。


俺は、できちゃった婚で家庭を持ちました。前に何度もお話しているのでおわかりでしょうが、子供は授かりものであると思っています。娘からは、幼い頃に、もう一生分の親孝行をしてもらいました。そのかわいい盛りを奪われた、母親の気持ちはいかばかりだったことでしょう。そう考えると、森口遥子のサイコクラッシュぶりも無理はないと思う。



普通に見れば、被害者と加害者。どちらが悪いかは、一目瞭然。しかし、この映画には、その奥にあるダークゾーンに注目して欲しいのです。母親としての情念、無念の思い、慈しみの深い世界を。


一体誰が悪いのか。誰が正しくて、誰が間違っているのか。観客も、混乱します。映画館を出てから、しばらくして考え込む…。そこが大事。本作は、よく咀嚼して、ゆっくりと消化しましょう。女性のみなさんは、自分自身の答えが出るまで、考えてみて下さい。男はバカだから、たぶん永遠に理解できないテーマだと思うから。



蝉は、地上に出てから七日間で寿命を終えるという。しかし、八日目を生きた蝉がいたら?その蝉は幸福か不幸か?映画の中に重要なセリフが出てきます。みんなで考えましょう。俺も考えます。


愛という字は、受ける心と書きます。そして心こそが、愛の中心。理屈じゃない。モラルという言葉で単純にくくれるものじゃない。そういう不可解な部分を、人間はみな持っているのです。



相手がどんな状態であろうと、受け入れてあげる。それが愛。愛が流れれば、愛情が注がれる。伝われば愛し合うことになり、伝わらなければ、ただの身勝手な自己愛に終わってしまう。


幸せな時間は、ほんの一時かもしれない。だけど、永遠に心に残るもの。それは、愛というものが本来、永遠のものであるから。俺は、そんな風に思います。





【鑑賞メモ】
鑑賞日:5月10日(火) 劇場:ワーナーマイカル県央 12:55の回 観客:約20人

半分くらいが、ジイさんでした。だから変な期待しちゃいけませんって…あ、俺もそっちの仲間?


【上映時間とワンポイント】

2時間27分。中島美嘉の歌うエンディングテーマも、しっかり聴きましょう。いい歌ですね~。


【オススメ類似作品】


「氷点」 (1966年大映)

監督:山本薩夫、原作:三浦綾子、出演:若尾文子。本作を見て、真っ先に思い出したのはコレです。娘を殺した犯人の娘を、被害者の母親が育ててしまう物語。何も知らずに…。


「長い散歩」 (2006年キネティック)

監督・原案:奥田瑛二、出演:緒形拳。他人の子供を、ジイさんが連れまわす映画。目的は、母親の虐待から守るためだった。楽しい旅が始まったが、次第に追い詰められて…。


「アイ・アム・サム」 (2001年アメリカ)

監督:ジェシー・ネルソン、出演:ショーン・ペン。唯一の家族である父親から引き離され、毎晩のように家に帰ろうとするダコタ・ファニング嬢がとってもかわいくて素敵でした。ケーキを持っていったショーン・ペンが転倒する場面は爆笑。いい転び方ですなあ。