アコークロー | 映画熱

アコークロー

タバコを吸う霊能者が、妙にカッコよかった。 テーマは “覚悟” です。


“アコークロー” とは、沖縄の言葉で “黄昏、夕暮れ時” を意味します。伝説の妖怪・キジムナーにまつわる、人間の心の不思議と恐怖を描いた映画。


監督・脚本は、沖縄出身の岸本司。この映画には、沖縄の俳優やスタッフが多く参加しています。主題歌を歌うのは、独特の声が魅力の ji ma ma。


出演は、田丸麻紀、忍成修吾、エリカ、尚玄、菜葉菜、結城貴史、吉田妙子、村田雄浩、清水美砂。何だかパッしないキャスト。


さて、映画ですが、物語のベースは面白いのに、見せ方が露骨なために安っぽい仕上がりとなりました。これはわざわざ劇場で金払って見なくてもいいでしょう。レンタルビデオで借りて、夕暮れ時に部屋で1人で見ることをオススメします。気がついたら外は真っ暗、ってな感じで。


過去のつらい出来事から逃げるようにして、沖縄の恋人のもとにやって来た女。相手の彼もまた、地元の生まれではなく、最近この地に移り住んでいる青年。2人のぎこちない同棲が始まり、周囲の人と交流しながら、幸せな毎日を送るはずであったが…。


主演の田丸麻紀は、何だか “お客さん” という感じ。演技力はゼロ。いわば、ただの観光客ですね。チョイ役で出演した清水美砂を少しは見習って下さい。忍成修吾も同じく頼りなくて、旅行会社の新人ガイドといったところ。この2人、何の魅力もありません。もともとヨソ者役なので違和感はないけど、仮にも主役なんだから、もうちょいどうにかならんか。


脇役の尚玄の方が、役者として面白かった。いっそのこと彼を主役にした方がよかったかも。アジアンテイストな彼なら、無国籍ムービーというカラーで、いい味が出せたのに、なんて思ったりします。主役がヘタな分、かえって強い印象を残しました。


特筆すべきは、霊能者役のエリカ。彼女を見るのは初めてなんですが、すごいオーラを放っています。セリフ読みが流暢じゃないのがかえって効果的で、本作で一番魅力を感じたキャラでした。タバコを吸う姿がさまになっている。このおねーちゃん、なかなかカッコいいッス。演技力はイマイチのようですが、何だか興味がわく女優。他の映画もみてみたいですね。


“キジムナー” といえば、水木しげるの妖怪図鑑にも登場する、ポピュラーな妖怪。ガジュマルの木の聖霊とも言われ、いたずら好きで人なつっこいイメージが強い。本作では、得体の知れない謎めいた怪物として扱われています。 …さて、その正体は?


赤い髪の女が登場しますが、妙に赤すぎてイヤだ。これでは、ここに住み着いている奴に見えん。てっぺんの生え際が黒くなっているのも何だか哀しい。きっと一ヶ月前くらいに染めたばっかりなんですね。もしかして、お前もヨソ者なんじゃねえの。ああ、カッコ悪。中途半端なキャラ。恐さなんてみじんもなかった。出方も最悪。不器用。ガサツ。こんな奴だったら、逃げるよりはちょっと戦いたくなるかも。


目に見える世界というのは、限界があります。赤外線など可視光線の範囲外のものは、肉眼では見えない。同じく、可聴範囲(大体20~20000ヘルツ)の範囲外の超音波などは、聞こえない。見えないし、聞こえないけど、それらは確かに存在する。


俺が思うに、肉眼に対して霊眼、肉耳に対して霊耳という感覚があると思うんです。いわゆる霊視能力、霊聴能力と呼ばれるもの。それにプラスして、触覚、嗅覚、味覚という世界も絶対あると思う。


ないはずのものが見える恐怖と、あるはずのものが見えない恐怖は、どちらが恐いか。京極夏彦の小説では、『人間は、自分の見たいものを見る』 ということらしい。確かに、実感としてそれはある。


見たくないものは、基本的に見えない。でも、見えたらどうしようと思った瞬間に、それは姿を現すかもしれない。人間の脳がそうさせるのか、実際にいるのかはわからない。でも、何かがいる。そう思った時、恐怖は現実のものとなる。そういう経験、ありませんか?


この映画では、沖縄の情景が映る度に、そういうものを感じました。これは 「もがりの森」 やアニメ版 「蟲師」 「となりのトトロ」 にも通じる世界。あたたかくて荘厳だけど、不思議で謎めいた感覚。だからこそ、人間が支配できる領域ではない。太古から存在している、絶対的な力に満ちている場所。


そういう要素を含んでいるからこそ、この映画は、もっといい作品になり得る可能性があったと思う。土台はしっかりしているのに、役者の力不足に加え、露骨な演出が目立って、何ともチープな映画になってしまった。未知の感覚を伝えるのは、役者の表情が重要。なったつもり演技や、独りよがりの熱演はもうたくさんだ。そんな調子では、キジムナーに嫌われちゃうかも。


霊能者が御祓いをする時は、相当のエネルギーを消耗する。それだけ “覚悟” というものが必要なんです。本気でやらなかったら、いい結果は出ない。エリカの眼光の鋭さに、役柄に対する覚悟が感じられます。中途半端な気持ちでやってると、霊が怒ったりするんじゃないかな。


岸本監督は、スタッフとキャスト全てを沖縄の人間でやりたかったそうです。確かに、沖縄の人じゃないと表現できないものがあるのかも。きっとこの映画の出来に監督は不満でしょう。お気持ちお察しします。でもこれ、本気で撮ったんでしょ?だったらこれはこれでいいじゃん。とりあえずその気持ちを失わずにがんばって、もっと力をつけて、いつか本物の 「アコークロー」 を撮って欲しい。俺、絶対見たいです。


人の心って、通じ合うようで通じない。伝わるようで伝わらない。この映画も、本当に伝えたかったことは一体何だろうと、つい考えてしまう。 その答えは…きっと、キジムナーだけが知っている。




【鑑賞メモ】

鑑賞日:9月27日 劇場:シネ・ウインド 21:25の回 観客:2人(オッサンと俺だけ)

来場者プレゼントで、沖縄の名産品 「ブルーベリー黒糖」 を頂きました。この映画、沖縄のイメージアップになるのかどうか怪しいけど…。


【エンドクレジット】

ji ma ma の素晴らしい歌声をしっかり聞いてから、背筋を伸ばして帰りましょう。


【オススメ類似作品】


「赤毛のアン」 (1986年カナダ・アメリカ・西ドイツ)

ケヴィン・サリヴァン監督、ルーシー・モンド・モンゴメリー原作、ミーガン・フォローズ主演。赤い髪の女が、周囲に八つ当たりしながらたくましく成長し、作家を目指してしまう映画。


「ティコ・ムーン」 (1997年フランス・ドイツ・イタリア)

エンキ・ビラル監督・脚本、ジュリー・デルピー主演。赤い髪の女が、ビジュアル的によかった。ただ、それだけ。内容は忘れましたが、つまんなかったことだけは覚えています。


「フィフス・エレメント」 (1997年アメリカ・フランス)

リュック・ベッソン監督・脚本、ブルース・ウィリス主演。オレンジの髪の女ミラ・ジョヴォヴィッチが暴れまくるアクションSFギャグ映画。TMレボリューションがこの衣装をパクッたのは有名。


「海底軍艦」 (1963年東宝)

本多猪四郎監督、押川春狼原作、高島忠夫主演。轟天号が登場するSF海獣映画。ムウ帝国の王女が、赤い髪でキレイだった。え、そんな映画知らない?…キサマ、マンダの生け贄にしてくれるわ!


「箪笥」 (2004年韓国)

キム・ジウン監督・脚本、イム・スジョン主演。この映画も、幽霊の出方が露骨ですが、恐がる方の表情が素晴らしかったのでマル。雰囲気作りが見事な傑作ホラー。