本日、今年度最初の学校評議員会が催されました。
キャリア教育に関する様々な取り組みが、学校や県・教育委員会、その他で企画されることが多くなってきたが、生徒は動員の対象として扱われてはいないだろうか?という疑問が委員の方から出ました。
大人が企画・運営し、生徒はそこで何かをやらされる。
生徒を企画・運営側に参加させるということをすれば、総合学科らしい「キャリア教育」ができるのではないか、という提言です。生徒はそういう場で何かを体験し、体験を通して感性を養っていくことが大切だという考えでした。
「産業社会と人間」の授業で、5月に実施した「社会人講話」では、講師の方との事前の打ち合わせに、一部生徒を参加させたという試みもありましたが、確かに全体的には、当日の社会人講師の方のお話を聞いて、生徒が何かを感じ取ってもらうということが主だったと思います。
事前の調べや事後の振り返り、まとめと発表もありますが、生徒は希望する分野の講師を選ぶだけで、自分の方からの主体的な企画・運営はほとんどありません。
限られた授業時間数で、効率よくという従来の考え方にとらわれていたと感じました。
授業を計画・立案するのはも ちろん、こちらの役割ですが、生徒がある授業プログラムの企画・立案に参画するということに重点を置いた授業を創造できないものかと考えています。
「産業社会と人間」が進化していくためにも、取り組んでみたい課題です。
キャリア教育に関する様々な取り組みが、学校や県・教育委員会、その他で企画されることが多くなってきたが、生徒は動員の対象として扱われてはいないだろうか?という疑問が委員の方から出ました。
大人が企画・運営し、生徒はそこで何かをやらされる。
生徒を企画・運営側に参加させるということをすれば、総合学科らしい「キャリア教育」ができるのではないか、という提言です。生徒はそういう場で何かを体験し、体験を通して感性を養っていくことが大切だという考えでした。
「産業社会と人間」の授業で、5月に実施した「社会人講話」では、講師の方との事前の打ち合わせに、一部生徒を参加させたという試みもありましたが、確かに全体的には、当日の社会人講師の方のお話を聞いて、生徒が何かを感じ取ってもらうということが主だったと思います。
事前の調べや事後の振り返り、まとめと発表もありますが、生徒は希望する分野の講師を選ぶだけで、自分の方からの主体的な企画・運営はほとんどありません。
限られた授業時間数で、効率よくという従来の考え方にとらわれていたと感じました。
授業を計画・立案するのはも ちろん、こちらの役割ですが、生徒がある授業プログラムの企画・立案に参画するということに重点を置いた授業を創造できないものかと考えています。
「産業社会と人間」が進化していくためにも、取り組んでみたい課題です。