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「良い国っていうのは、なんなんだろう。」


これは、アニメ『十二国記』のセリフから抜粋ニコニコ
以前、心のバイブルとして紹介したアニメ(小説)ですキラキラ
事実は小説より奇なり。
まるで今、十二国記の中の話みたいなことが、日本で起こっていますね。



重税、圧政に苦しむ人々。
大きな権力を持つ強大な相手に、人々は固く戸を閉じ、火の粉が飛ばないように見て見ぬふりをする。

声を上げる者は、ほんの僅か。

でも、その、ほんの僅かな者達。
誰かに強制されたわけでも、お金をもらったわけでもない。
ただ、守りたい。
皆が安心して暮らせる世を作りたい。
そのために、立ち上がった者達。

救いは来ないかもしれない。
それでも諦めずに立ち向かう。


下記は、そんな大きな乱を、主人公と民衆とで収めた後のセリフになります照れキラキラ
https://youtu.be/Nduwb95Ir6Q?si=L-OP5Ybp49n-q0bz




「2人は、どういう生き方がしたい?
そのためにはどういう国であってほしい?」

「寒いのやひもじいのは嫌だわ。誰かにつらく当たられたり、蔑まれるのは嫌だった。それに耐える内に、自分だけが不幸に耐えているみたいに誤解しちゃう。」

「私もそうだったな。我慢するのをやめればよかったのに。そういうのを我慢してると、何だか気持ちが小さくなってしまうのよね。」




「私は今、一人でも多くの手助けが欲しい。あの王宮の中で、信じることの出来る人が、本当に一人でも多く必要なんだ。」




「他者に頭を下げさせて、それで己の地位を確認しなければ安心できない者のことなど、わたしは知らない。そんな者の矜持など知ったことではない。

それよりも、人に頭を下げるたび、壊れていくもののほうが問題だと、私は思う。

人はね、真実相手に感謝し、心から尊敬の念を感じたときは、自然に頭が下がるものだ。
他者に対しては礼をもって接する。
そんなことは当たり前のことだし、するもしないも本人の品性の問題で、それ以上のことではないだろうと言ってるんだ。」




「私は、慶(けい)の民の誰もに王になってもらいたい。
地位でもって礼を強要し、他者を踏みにじることに慣れたものの末路は、昇紘(しょうこう)・呀峰(がほう)の例を見るまでもなく明らかだろう。

そしてまた、踏みにじられることを受け入れた人々が辿る道も。

人は誰の奴隷でもない。
そんなことの為に生まれるのじゃない。
他者に虐げられても屈することのない心。
災厄に襲われても挫けることのない心。
不正があれば正すことを恐れず、ケダモノに媚びず。

私は慶の民に、そんな不羈(ふき)の民になって欲しい。
己という領土を治める唯一無二の君主に。
そのためにまず、他者の前で毅然と頭を上げることから始めて欲しい。

諸官は私に、慶をどこに導くのかと聞いた。
これで答えになるだろうか。
その証として、伏礼を廃す。
これをもって初勅とする!」





🌟これが、私の心のバイブルです。
大学時代に読んだ小説。
心をふるわせました言葉たち。
今、静かに浮上したのです。

そして、元々あったところにドンピシャで飛び込んできたキャッチコピー。


炎ひとりひとりが日本
炎I AM JAPAN


泣きましたよね〜えーんキラキラ
私たちが今選んでいるのは、心の在り方だと思うのです。


本当の最重要争点は『心』


スター重要な問いを投げかけておきます。

◆良い国っていうのは、なんなんだろう?
◆どういう生き方がしたい?
◆そのためには、どういう国であってほしい?


誰かに任せるんじゃないんだよと。
私たちが、この国を作っていくんだよと。
投票は、その一環なのですニコニコキラキラ

今、心に炎が宿った人たち。
国民の一人一人が、立ち上がっています。
 
 

炎大空を自在に飛び回る
橙色の光を見て、
あなたは何を思いますか?🕊️キラキラ



お読み頂きありがとうございました。
弥栄円満でありますように。