小津安二郎作品の服装調査 その5「淑女と髯」(1931)岡田時彦・川崎弘子・伊達里子 | トトやんのすべて

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および諸芸術作品への偉そうな評論をつづっていくブログです。

服装調査のつづき。

前回取り上げたオシャレな「その夜の妻」(1930)のあと、

小津安二郎は――

・「エロ神の怨霊」(1930)→脚本、ネガ、プリント存在せず。作った本人すらストーリーをおぼえていない。

・「足に触った幸運」(1930)→脚本のみ現存。サラリイ・マン物。

・「お嬢さん」(1930)→脚本のみ現存。大スタア・栗島すみ子先生主演。

……と、

栗島すみ子主演の一大エンターテインメントを任せられるまでに、

周囲の評価があがってきます。

 

で、昭和6年、1931年第一作が、文句なしに楽しい「淑女と髯」です。

 

 

 

ざざっと服装面からみた「淑女と髯」をまとめますと……

・良い女→和装。悪い女→洋装。という初期のお決まりパターン。

・岡田時彦は、おはなしの前半は学生なのだが、学生服は着ない。(珍しいパターン)

・岡田時彦は、一見ハチャメチャなキャラクターであるのだが、

実は彼なりのルールに従った、かなりきちんとした人物である。

ということがわかります。

 

以下、それぞれの人物に関して、具体的にみていきます。

・岡田時彦

S1

しょっぱな、剣道着です。

 

腰にぶら下げた木のお札。

 

成田山のお札。

「成田山」というと、

個人的には 大友克洋のAKIRA……金田のバイクに成田山のステッカーが貼ってあったのを思い出すんですが。

 

この成田山のお札は、この作品で終始ギャグ的に出現しますし、

この「岡島」というキャラクターの 「実はかなりきちんとしている」性格描写にも役立っています。

 

そういや、AKIRAの金田君もハチャメチャにみえてけっこうきちんとしてるな。

 

試合に勝利して……

面をとる、

 

――と、あらわれるのが、こんな髯面。

 

友人、月田一郎とのカットバック。

 

月田一郎はのちに山田五十鈴と結婚します。(のち離婚)

その結婚で産まれた娘は嵯峨美智子……などという情報は、ついさっきウィキペディアで知りました(笑)

 

例によって 定石無視のカットバック。

(視線がかみあっているようには見えない)

 

剣道の会場をあとにする岡田時彦。

下駄をはいて外に出ます。

 

S3

岡田時彦が歩いているここは――

一体 どこなんだろうか?

 

羽織袴に学帽。

下駄……

そしてステッキ?

この杖はなんと表現すればいいのか?

 

杖、というより、完全に「武器」で、

このあと、伊達里子にカツアゲされていた川崎弘子を救うため、

この杖が活躍します。

 

というより、建築好きとしては、背景の建物の方が気になるのですが。

 

S5

月田一郎のうちへ訪問。

月田の家は華族、という設定。

妹の誕生日にあつまった令嬢たちに冷たい視線を浴びせられる岡田時彦。

 

左から2人目、月田の妹役の飯塚敏子(のちに時代劇の大女優となるそうな)

右から3人目、井上の雪ちゃん、こと井上雪子。

 

まあ、こんな格好だから、仕方がない。

 

最先端・昭和のモダンボオイ(オールバック・ポマードでテカテカ)と、

明治の生き残りみたいな蛮カラの対比がおもしろい。

シナリオ。

岡島、ていねいに、

「御誕生日をお祝い申します」

と言う。

 

なんのかのきちんとしている岡田時彦。

裸足。手づかみでケーキを喰う。

一見、メチャクチャにみえますが、

彼なりにルールがあって行動している。

 

フォーク・スプーンなどと言う西洋の道具は使いたくない。

和服なんだから、裸足で当然。ということか。

 

「踊れ」といわれて

日本舞踊(?)をはじめる岡田時彦。

 

それをみる令嬢たち。

 

ハチャメチャなのだが、

やはり彼なりのルールがあるわけです。

踊り、といえば、彼にとっては剣舞なわけです。

 

この表情がたまらん……↓↓

 

あ。服装調査でした。

羽織を脱ぎ、たすき掛け。

鉢巻。そして白刃を振り回します。

 

火の用心のお守り(?)

 

坂本武の家令が詩吟してます。(左端)

のちに喜八シリーズで主役になる坂本武は、

この頃は セクハラ社長とか、こういうしょぼくれた老人の役とかが多い。

 

S7

再び羽織を着て 学帽をかぶってます。

手には扇子。

あまりにすさまじい舞いに恐れをなして 令嬢たちは帰ってしまった、というシーン。

 

皆さん、よろしくって帰りましたよ。

 

誕生パーティーをメチャクチャにされて キレた飯塚敏子に

「あなたも お帰り下さい‼」と怒鳴られ、

すごすご帰る岡田時彦。

 

きちんと帽子を脱いで挨拶します。律儀。

S8

時間が飛びまして、

就職活動している岡田時彦。

 

川崎弘子の背後、笠智衆が(若い!)

 

川崎弘子に

「岡島さん! いらっしゃいませんか?」と呼ばれて、

トイレからでてくる岡田時彦。

 

スーツ。

ジャケットがイマイチ サイズがぴったりではない。

つるし(既製服)なのか? 中古品なのか?

 

さすがの「岡島喜一」も、サラリイ・マン(およびその候補)はスーツを着るというルールは知っている模様。

そしてその規則に律儀に従います。

成田山のお札、登場。

S9

面接の様子。

 

S10

自分のアパートの部屋にいる岡田時彦。

普段着は和服……これは「若き日」「落第はしたけれど」の学生連中と一緒。

 

ただ、このアパートは学生が一人で住むにしては豪華な印象。

(「若き日」だの「落第」だのに比較して)

 

この岡島喜一君、実はけっこう裕福な階級の出か?

キセル・火鉢といった小道具にも注目したい。

 

そこへ、川崎弘子が訪ねて来て

「あなたは そのお髯のせいで 不合格におなりに なったんです」

と教えてくれる。

 

S11

で、髯をそって、髪型を整えた岡田時彦。

そのイケてる姿を伊達里子がみて……というあたりは、伊達里子のところで触れる。

 

「床屋」というのは小津作品によく出てきますね。

ざっと思い出すのをあげると 「出来ごころ」「浮草物語」……戦後の「浮草」

あとなにかあったっけ?

しかし、こんな立派な床屋さんが出て来るのはこの作品だけでしょう↓↓

 

S13

さっぱりした岡田時彦。

月田一郎の豪邸へ。

 

きちんと帽子を預けます。

(というか、坂本武にかぶせる)

 

見とれる飯塚敏子。

 

背後の壁にボクシングのグローブ。

 

オールバック、テカテカ、というのがイケてたのだろう。

背後のカール・マルクスは、「髯」の象徴という以上に意味はないとおもう↓↓

(赤い貴族なんてのが流行ったのだろう。

後年のランボルギーニ・コミュニストみたいなものだ)

 

ボクシングのグローブと一緒で「マルクス」もモダン風俗の一部なんである。

(今、2022年だと韓流スターのポスターとかなんだろうか)

文学作品なんかだと、風俗描写としてグレタ・ガルボのブロマイドとかもよく出てくるのだが、

小津安っさんはガルボが好きではないので使わない。

 

あ。カール・マルクスがボケてるのは、レンズの性能もあるだろうけど、

検閲を恐れてのことか??↓↓

 

S19

同じ格好なので、表には書かなかったが……

岡田時彦が就職できたお礼に、川崎弘子の家を訪ねます。

先ほど、月田一郎の家では裸足で平気だったのだが、

今度はスーツ姿なので

裸足はおかしい、とおもったのだろう。

 

股引のばして靴下のようにする、というギャグ。

 

このあたりも……なんか汚ないが、

なんのかの彼の律儀さ・几帳面さが出ている。

 

今までは ただ単におもしろおかしい場面としてしか認識していなかったのだが、

「服装」中心にみてみると、

性格描写の役目も果たしていたことがわかりました。

 

成田山のお札がまた出てくる。

 

S22

ここは岡田時彦の服装とまったく関係ないのだが、

「時間」というテーマ

(小津が生涯追求し続けたテーマ)

を、うまく扱っていておもしろいので、とりあげます。

 

川崎弘子、岡田時彦と結婚したいと言い出しまして、

母親(飯田蝶子)に 岡田時彦の気持ちを聞いてきてくれ、と駄々をこねます。

 

で、暦をめくって、日取りを調べる。

縁談にいい日を調べているのでしょう。

 

小津は商家の出で……

商家は、なにかというと縁起を担ぐところがあるから、

こういう風景は見慣れていたのかもしれない。

 

わたしは以前、「晩春」のシナリオは

「九星」「気学」――一白水星とか五黄土星とかのアレ――に従って書いたのではないか?

という記事を書いたことがあります。

(自分でも内容を忘れていますが(笑))

 

S26

……で、飯田蝶子と岡田時彦の会見の直後、

カレンダアが登場します。

「時間」というテーマは、「結婚」「縁談」というテーマに繋がっている

のでしょう。

 

岡田時彦は、ホテルのフロント担当らしい。

このあたり個人的には軽井沢の三笠ホテルでみた、古いホテルのフロントを思い出す。

宿泊した万平ホテルもけっこう年季が入ってたな。

 

その……すっかりイケメンになった岡田時彦を

デートに誘う伊達里子。

 

振り子時計の針を7時にまわして

7時に会いましょう、というわけ。

 

ここらへん、あるいはハリウッド映画にこんなオサレなシーンがあったのかもしれない。

あ。伊達里子の腕の腕時計にも注目。

ラブレター↓↓

妙に達筆な文章と、キスマークの対照が笑えます(笑)

 

これはぱっと見、きちんと書道をやった人の字のような気がする。

全集のシナリオだと、「日比谷公園横に」 と待ち合わせ場所を指定しているのだが、

 

プリントは日比谷公園とは書いてない↓↓

なんだろう??

「明治」と書いてある。

このあとの展開をみると「明治工場」?? わかりませんが明治製菓関係のなにかです。

急遽タイアップが決まったのだろうか?

 

その直後

お客に時間を尋ねられて 自分の懐中時計をみせる岡田時彦。

 

まとめますと……

飯田蝶子の暦→フロントのカレンダー→伊達里子の腕時計→フロントの振り子時計

→ラブレターの「今晩七時」→岡田時彦の懐中時計

というように、

時間関係のモチーフが立て続けにあらわれ、

岡田時彦をめぐる三角関係も描かれる、という構造になっています。

 

さすが小津安っさんで、

若い頃から 作品の構造ががっちりと決まってます。

 

あ。

そういや 岡田時彦……岡田「時」彦だな……

 

S32

服装調査に戻ります。

 

「明治チョコレート」のポスターの脇でタクシーを停める伊達里子。

じっさいに明治製菓の建物のそばで撮ったのか?

 

すると ぬっと髯面の岡田時彦があらわれる。

 

こういう女性の脚をなめて撮るショットというのは珍しい。

ハリウッド映画にはありそうだが。

 

この当時のクルマのドアの構造がわかります。

 

ムリヤリに乗りこむ岡田時彦。

ストールを巻いてます。

以下2枚↓↓

このカットバックがおもしろい。

 

これは伊達里子をクルマから下ろして撮って↓↓

 

これは岡田時彦を下ろして撮っている↓↓

さらにカメラ位置はまったく違います。

当時のデカくて重い機材を考えると大変な手間です。

時間も労力もかかります。

 

まあ、手間が最小になるように、

あらかじめ計画を綿密に立てて撮るのでしょうが、

そうすると完成品(プリント)のイメージががっちり固まっていないといけないわけで……

とにかくすごい仕事をしてます。行き当たりばったりではないです。

 

前回の「家族会議」の記事で……

こういう後部座席の撮り方は、島津オヤジの得意技なのか? などと書きましたが、

この方法だと手間はかからないわけです↓↓

カットバックするにしてもカメラの方向を左右に振るだけで撮れてしまう。

 

カメラを左に振れば、桑野ミッチーが撮れ、

右に振れば、立花泰子が撮れます。

それで一丁上がり、なわけ。

(じっさい、「隣りの八重ちやん」はそういうシーンがある)

(ヒッチコック映画でもこういうショットはでてきますな)

 

「小津安二郎 人と仕事」で、木下恵介が 小津組の現場の過酷さを書いていますが……

(「非常線の女」のことを書いている)

このたった2カットからでも、その過酷さがうかがえます……

島津組の撮影の手間の……おそらく3,4倍はかかっているわけです。

 

S33

全身像はこんな。

アパートの廊下を歩いてます。

突如ノワールな雰囲気(笑)

 

お決まりの着替えシーン。

冒頭の剣道着に着替えます。

 

伊達里子が着替えを手伝おうとしますが、

それを拒否。

↑↓このカットバックもすさまじい。

結ばれない二人だから、こういう構図になるのか?

 

このドタバタの過程で

羽織だか半纏だかを破ってしまい、

 

繕おうとするが、

伊達里子は裁縫がうまくないのでできない、というギャグがあります。

 

S37

川崎弘子がやってきます。

 

防具をつけて寝ていた、というギャグ。

 

ふたたび着替えシーン。

普段着へ着替えます。

 

伊達里子には手伝わせないが、

将来の伴侶、川崎弘子には手伝ってもらう。

 

伊達里子にピントを合わせて……

背後のボケでは着替えをしているという……すさまじいショット。

 

こんなの他の作品であっただろうか??

 

電灯の笠の形もご注目。

これ、好きよね。UFOみたいなの。

 

シナリオ。

やがて、モガ、決然と二人の方へ、

「岡島さん! 私、帰るわ!」

と言う。

それで岡島と広子は、並んでモガの方を見る。

 

ここも「服装」「着替え」をうまく使っていて、上手い! というより他ない。

大げさな心理描写、大げさな演技などさせずに、こういう深い表現ができるのだ。

 

前回の「家族会議」の桑野ミッチーの

ジャーン! ガーン! という大げさなアレなどとても見ていられない。

 

S38

伊達里子を見送る二人。

モダンなアパートの壁に「お札」……↓↓

 

以上で岡田時彦の分析はおわり。

 

・川崎弘子

S4

後年、トーキー時代になりますと……

あの若干ハスキーな色っぽい声で

海千山千の芸者さんを演じることが多い川崎弘子ですが、

 

サイレント時代はとうぜん、セクシーボイスがばれることもなく……

伊達里子の不良モガにカツアゲされることになります。

 

ほぼほぼ焼け野原なのだが……↓↓

ロケ現場は、

東京?

横浜?

関東大震災の被害は横浜のほうが大きかったと聞きますが。

 

あ。「濱」という字が見えますね……(背後の工場)

横浜か??

 

先ほども紹介しましたカット↓↓

それをみている蛮カラ・岡田時彦。

 

ということはこの建物も横浜なのか?

(別に同じ場所で撮る必要はないですが)

 

何もしやしないよ!

ガマ口を落っことしたから、

少し借して呉れって言ってる

だけじゃないの

 

川崎弘子なので、当然和装です。

ショール・ハンドバッグを持っています。

 

S8

着物にスモック。

この頃のオフィス・ガアルのごく普通の格好はこれだった。

(と、さも見てきたかのようなことを書いておく(笑))

 

洋装のオフィス・ガアルなどというとちょっと不良じみた存在だったかもしれない。

じっさいに「朗らかに歩め」の伊達里子。「非常線の女」の田中絹代。

両者とも不良モガであります。

 

S10

彼女の……この「広子」なるキャラクターの盛装がこれなんだろう。

一番気合の入った格好。

 

なのだが、和服に関してまったく知識のない現代人には解説不能。

 

カツアゲから救ってくれたお礼と、

髯のせいで面接に落ちたんだと教えてくれる。

 

……というか、

概して、小津作品においては男性よりも女性の方が積極的ですね。。

S18

自宅にて。

普段着に割烹着ということなのでしょう。

 

中山の小父さんという老人が縁談をもってきたのだが、

川崎弘子は岡田時彦が好き、というシチュエーションです。

 

湯呑をいじっている→口の周りに跡がつく→髯……

ということなのだろうが、わかりにくい。

でもおもしろいショット。

 

これは先ほども紹介したショット。

飯田蝶子に、岡田時彦の気持ちを聞いてきてくれ、というところ。

 

端正な……小津らしいショットですが、

ポットが……

 

あのポットが。

 

前回「家族会議」でお目にかかった……

大金持ちの高杉早苗が持っていたこれ↓↓

 

「非常線の女」のポット↓↓

琺瑯加工してあるようですが、形は「淑女と髯」のものと同じ。

 

時代がバラバラですが、

「落第はしたけれど」のこれも同じ↓↓

 

なんだ、なんだ?

この頃の日本にはこの形のポットしかなかったのか?

それとも……松竹はこのポットの会社とタイアップ契約でも結んでいたのか??

 

もとい、

S34

朝です。

 

ふたたび岡田時彦のアパートを訪問する

積極的な川崎弘子。

 

戦前は、電話で事前に「訪問します」と伝えたりはしない、と

山本夏彦先生の本に書いてあった。

いきなり訪問するみたいです。

(戦前ではないが「晩春」の宇佐美淳が笠智衆の家を訪問すると、能を見に行って留守、というシーンがありますな)

レストラン・食堂も、電話予約などしないらしい。

(宴会とかはさすがに別だろうが)

 

今だと、朝っぱらからこの子は一体??

という感じがするが、

この頃は不思議ではなかった模様。

 

S36

だが、ドアをあけたのは伊達里子である。

 

あなたは

どなた?

(伊達里子のセリフ)

ここも↓↓

小津の凝りっぷりがうかがえるショットで――

 

川崎弘子が

私?

私……岡島さんの恋人です!

といったあとなんですが……

 

きちんとドンデンを返しているんですよね。

カメラ位置……視線を180度引っくり返してます。

それと同時に、川崎弘子が伊達里子に勝つわけです。

 

あのカツアゲシーンの逆転がここにあるわけです。

 

で、川崎弘子は裁縫ができます、というオチ。

和服を着て……

日本髪で……

裁縫ができて……

という女性でなければいけなかった。

 

起きる岡田時彦。

 

つづいて

・伊達里子

S4

伊達里子は一貫して洋装です。

 

ナイフを取り出してカツアゲ。

 

S11

愛車はリンカーン。

 

 

 

「144」という若いナンバーが只モノではない感じです。

(若いナンバーは珍重されて高額で取引されていた)

上流階級の自家用車を借りてきたのか?

松竹の関係者か?

 

引用

 この頃のリンカーンは日本フォードが完成車輸入で販売していたが、東京でもめったに見ることのできない珍車の部類に入る高級車であった。1935年の暮にゼファーが発売されるまでのKシリーズ・リンカーンは殆どがカスタムボディであったから、フォードの7~8倍の価格という超高級車で、日本に輸入すると関税100%が加えられて倍になったはずである。しかし当時の日本には関税のかからない特権階級もいると聞いたから、多分そんな超上流の人しかリンカーンを持とうなんて考えなかったのだと思う。

(二玄社、小林彰太郎責任編集「昭和の東京 カーウォッチング」25ページより)

 

……なんでそんなすごいクルマを乗り回す人が

ちんけなカツアゲなんかするのだろう??

「淑女と髯」のシナリオの欠点があるとすれば、ここか。

 

もっとも全集のシナリオにはリンカーン云々は登場しませんので、

突如、現場で

「髯」→「リンカーン(大統領の)」→「リンカーン(自動車)」

と思いついてしまったものか?

 

もとい、リンカーンのハンドルを握る伊達里子が、

岡田時彦に見とれています。

 

ヒョウ柄のムートンコート、くわえタバコです。

 

S25

ホテルにて。

デートに誘うところです。

 

S32

岡田時彦に拉致(?)されるところ。

(髯面なので、イケメン・ホテルマンとは別の悪者だと勘違いしている、というわけ)

 

上記のように、

丁寧にドンデンを返します。

 

S33

アパートの廊下にて

手をごにょごにょやるのは、小津作品において「恋愛感情」の象徴。

 

畳敷きの部屋なのだが靴をはいたまま。

まあ、拉致同然に連れてこられたので当然ではありますが、

 

こういうルール違反をするような人間だから犯罪に手を染めるのだ、ということでもあるんでしょう。

「その夜の妻」の岡田時彦は、

ネクタイをだらしなくほどいたままにしていましたが、

そういう彼だからこそ、銀行強盗などしたのだ、ということが言えそうです。

 

だんだん岡田時彦が好きになり……(例のイケメンだと気づいた?)

靴を脱ぐ伊達里子。

 

なんともセクシャルな表現であると同時に、

きちんと「和室では靴を脱ぐ」というルールに従ったという意味でもある。

 

……といいますか、

女性のストッキングをはいた足

が、小津安っさんは妙に好きなので……

それでこんなシチュエーションを用意したのだとも考えられます。

 

たとえば

「晩春」はここ以外にも、原節子のストッキングをはいた足のショットは出てきます↓↓

(杉村春子のうちのシーンとか)

 

もうすでにとりあげました、着替えシーン。

ムートンコートを脱いで、着替えを手伝おうとしますが、

 

拒否されます。

 

で、最後。

ふたたびムートンコートを着て、にっこり微笑んで去っていきます。

 

「朗らかに歩め」の伊達里子は

単に「悪い女」でしたが、

「淑女と髯」の伊達里子は

内面に矛盾を抱え込んだ「悪い女」で……

 

悪役の表現も、深みが増してきています。

以上。

「淑女と髯」の服装調査でした。