小津安二郎「晩春」のすべて その3 | トトやんのすべて

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および諸芸術作品への偉そうな評論をつづっていくブログです。

小津安二郎監督「晩春」の感想…

というか、解剖(??)


その3です。


今回は 「飲む/食べる」に関して……


□□□□□□□□


今まで小津作品をみてきて、僕が気づかなかったこと。

それは

小津安っさんにとって

・「飲む」

・「食べる」

――とはまったく別物であるらしい。

ということです。


たとえば現存最古の作品「若き日」を「衣」「食」「住」で分析して、

ゲレンデでのむ紅茶はうまそうだ、

などと書いたとおもうんですが……

あれは厳密にいうと「飲む」であって

「食べる」とは違うらしい……


そのことに「晩春」で気づかされました。


「晩春」のオープニングは円覚寺でのお茶会です。


「ははん、伝統回帰か」「ブルジョワだね~」

などとおもいながらわれわれはみちゃうわけですが…


大事なのは「飲む」 drink です。

ここはdrink シーンなのです。




ま、具体的に原節ちゃんなり三宅邦子なりが

お茶を飲むショットはないんで、


drink未満というか

ゼロdrinkといいますか…


ですが。




「晩春」2番目の drink は、


原節ちゃん、

銀座でお父さんの親友 小野寺のおじ様(三島雅夫)にあって

おデート。


で、多喜川なる小料理屋にて……drink


飲みます。


小野寺「じゃ何か貰おうか、先ご飯にするかい?」

紀子「まだいいわ、お酌してあげましょう」


といいますから、あとでご飯を食べたのでしょうが、

スクリーン上には写りません。

飲んだのです。




次のdrink が、めちゃくちゃかっこいい、これ↓↓


小津安っさん、「なんとなく撮りました」は絶対にないらしい。

単なる風景じゃないんです。これ。


DRINKです。




え~

3つ drink を積み重ねまして、いよいよ登場するのが

「食べる」

eat です。


それが前回 「その2」でさんざんみた例の白ソックスシーン。

ま、途中で原節ちゃん、噴き出してお茶を飲みますんで

drink もするんですが、そこはつっこまないでください。


「飲んで」「食べる」と……

大事なのはここが「晩春」唯一の「食べる」シーン。

ラブラブな父娘の食事シーンなわけです。




で、次は服部さん(宇佐美淳)と原節ちゃんのdrink

結婚のお祝いになにがいい? とききます。



↓↓で、アヤちゃん…月丘夢路が遊びに来て drink

お紅茶です。


ここ、シナリオでひとつ僕がひっかかっていた点があって……


紀子「ねえちょいと、パン食べない?」

アヤ「パン、あとあと」

紀子「お腹すいちゃった……」

アヤ「すいてもいいの!」

紀子「じゃ、あたしだけ食べる」(と立つ)

アヤ(慌てて)「あたしも食べるんだ、実は」


別にパンを食べながらおしゃべりをしてもいいだろうに

なぜかパンを「食べる」のをあとまわしにするんです。

引き伸ばすのです。


これはどうみても安っさん drink なる印をここに貼りつけたかったから…

そうみて間違いない。


パンを食べるショットはけっきょくありません。

このあと食べたのでしょうが。



↓で、アヤちゃんの豪邸。


彼女が離婚した理由のひとつとして「どうせ、実家は大金持ちだし」

というのは大きいでしょうね~

ま、いいや、アヤちゃん、ショートケーキを作ったのですが、

原節ちゃん、ぶんむくれて食べません。


アヤ「食べないの?」

紀子「ほしくないの!」

アヤ「お上んなさいよ!」

紀子「食べたくないの!」

アヤ「おいしんだったら!」

紀子「沢山!」


この直前に、能楽堂でお父さん(笠智衆)と三輪さん(三宅邦子)が

目礼しあうのをみてしまって、

ジェラシーのかたまりなわけです。


「食べない」というシーンです。


次↓↓


やっぱりアヤちゃんち。豪邸。

なんのかの、原節ちゃん、お見合いをした後です。

drink してます。




えー、で、さいご。

披露宴の後、多喜川にて。


笠智衆と月丘夢路が drink


このあとアヤちゃんが笠智衆のおでこにチュっとするわけ。



ここらでわかること。

やっぱり小津安っさんの美学において

「飲む」と「食べる」は別物なのです。


紀子は

服部さんとも小野寺のおじさまとも一緒に「食べない」

お手手つないで、あんなに仲良しのアヤちゃんとも一緒に「食べない」


「飲む」のです。


「食べる」のは家族とだけ。本当に好きなお父さんとだけ、です。


だから、DRINK Coca Cola の看板の真の意味は…

「このカップル結ばれませんよ」

しょせん「飲む」だけの仲で

「食べる」仲には発展しませんよ。

そういう意味です。


だから――……

現存最古の「若き日」に戻ると…


ゲレンデで一緒にお茶しても

それは所詮「飲む」だけのはなし。


だから主人公たちはフラれる。




「戸田家の兄妹」

高峰三枝子と桑野通子。

このふたりも紀子とアヤちゃんみたいに

「飲む」だけで一緒に食べません。


安くておいしいものを頼みましょう、という会話はあるけど、

スクリーン上では食べません。

それはちょうど 原節ちゃん、月丘夢路がパンを食べないのと一緒。



「宗方姉妹」の

田中絹代とデコちゃんは一緒に「食べる」


これは彼女たちが友人でなくて、家族だから。姉妹だから。


これも「宗方姉妹」↓↓

デコちゃんと、山村聰が酔っぱらってバーの壁にグラスをぶつけますが、


その壁には drink の文字。

あたかも……


一緒に「食べる」ことの出来る人――

家族がみつからないことにいらだっているかのようです。



↓↓「秋日和」の司葉子、佐田啓二のカップルが

一緒に食事をしますが……


「食べる」

これは二人が結婚する予兆といっていいわけで……



となると、「麦秋」の

ショートケーキ、アンパンは……


とかおもって、

「これは大発見!」

と一瞬興奮したが、

イヤ~な予感がして、蓮実先生の本を見たら

ははは。もう気づいていやがった……


 ここで二本柳が無邪気な執着を示すショート・ケーキが、彼と原節子との結婚を遥かに予告しているのである。もちろん、それは、彼らの愛の心理的な原因なのではない。だが、ここで食べることの主題が、やがてやや唐突に結婚に踏み切ることになるだろう原節子と二本柳寛の関係を説話論的に予言しているのだ。

(蓮実重彦、ちくま学芸文庫「監督小津安二郎」62ページより)



――んー…残念。

というか、いままでの考察。

全部蓮実先生の手のひらの上で踊っている気が……


んだが、「飲む」「食べる」の差は、

僕の発見、ということにしておこう。

たぶん。


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さいごに

もひとつ、「晩春」の「飲む」「食べる」に関して。


これは、われながら「よくぞ見抜いた」とかおもってるのだが…

またまた安っさんの暗号です。


それは

◎「佐竹君」=「食う」「食べる」

の等式……

(これテストに出ます!……)

シナリオのS31

笠智衆と杉村春子、兄妹の会話。

杉村春子が最近のお嫁さんは式の間、平気でご馳走を食べる、という。


周吉「今なら食べるよお前だって」

まさ「まさか――でも、なってみなきゃわからないけど……」

周吉「そりゃ食うよ」

まさ「そうかしら」

周吉「そりゃ食うよ」

まさ「そうねえ、でもおサシミまでは食べないわよ」

周吉「イヤ食うよ」

まさ「そうかしら」

周吉「そりゃ食うよ」


ご覧になった方ならおわかりでしょうが…

笠智衆

「食う」「食う」「食う」を連発するんです。ここ。

「クー」「クー」「クー」「クー」

これ、耳に残ります。


えー、で、次いきます。

S76 またまた笠智衆と杉村春子の会話。

ここは原節ちゃんにお見合いの返事をきく(OKかNOか)

という、ま、深刻っちゃ深刻な場面で、

杉村春子が笑わせるという……


紀子のお見合い相手、佐竹君の本名は

佐竹熊太郎(!!)というのだが、

杉村春子はどうやって彼を呼ぼうか悩んでいる。


まさ「あたし、なんて呼んだらいいの? 熊太郎さァん、なんてまるで山賊呼んでるみたいだし、熊さんて云や八さんみたいだし、だからって、熊ちゃんとも呼べないじゃないの?」

周吉「うむ。でも、なんとかいって呼ばなきゃ仕様がないだろう」

まさ「そうなのよ、だからあたし、クーちゃんて云おうと思ってるんだけど……」

周吉「クーちゃん?」


もう大笑いなんですけど……


でも気付いてほしいのは

佐竹君→クーちゃん→クー→食う→「食べる」


……です。

ほらね。




出たよ。トマスの野郎の深読み。

そうお思いの方、思い出していただきたいのは、

佐竹君がゲーリー・クーパーに似ている、という…

一見、なんの意味もなさそうなディテール。


クーパー……

どうです??

やっぱり「クー」なんです。


結論

◎「佐竹君」=「クーちゃん」=「食う」=「食べる」


えーですので、drink ではなく eat なのです。

そうなると、紀ちゃんは、彼と結婚するより他ないわけです。


いや、これは最高の良縁だったのでしょう。おそらく。