沼団地の方に上がって行く、あいちゃん、「社会人になりたてってどのくらい貰えるの?」

「そうやな、大卒やったら初任給が25万くらきかいな。そいからいろいろ引かれて、手取りは20万くらいやな。高卒やったら初任給が20万くらいやけん手取りは15万円くらいやな

 と、沼団地の下り道、大型トラックが右折して曲って来ようとしている、「ここ無理やろ。離合できんぞ」

 運ちゃん、バッグしだした。

 止まって待つ俺は、「いったい何かしたいんや?」

 嫁も、「うしろのタクシーも困ってるよ」

 あいちゃん、「猫Gに顔見せたかったんやね」と、笑っている。

 トラックのバックし終えて、俺は、運転手の兄ちゃんに、ぷっとクラクションを鳴らして通り抜けた。

「おっとそいであいちゃん、何で訊いてきたん?」

「社会人なりたてはいくらくらい貰えるんかなって興味あったけら」

「息子は高卒でバス会社に就職していろいろひかれたら15万くらいしかねぇぞ。まぁ車のローン、天引きはされよるが」

「なら仕方ないね」とあいちゃん。

門司ー徳力線の、セブンイレブンの四角。

「俺大卒でデパート、井筒屋に就職したがクソ面白うねぇで1年で転職したんじゃ。面接のときいくら給料欲しいかって問われて10万って答えたわ」

 あいちゃん、「えっ!たった10万でくらせるの?」

「ああ、もう40年前やけんな。そん時代は十分くらせたわ。まだあいちゃんが影も形もねぇ頃や」と笑う俺に、「うん。あいかは影も形もなかったよ」と釣られて笑うあいちゃん。


 今日も高速を縫うあいちゃんルートを選択した。吉田団地から左折したら、規模は小さいが、一応桜並木だ。

 あいちゃん、「春っていいよね」

「おう、愛先輩にもなれるしな」と笑う俺。

「入学式は7日か8日やろ」

「確か7日やったと思う」とあいちゃん。

「けいめろ音楽部って部員今何人居るんか?」

「二年に幽霊部員が一人居るけど、四人かな?」

「一人か二人は入ってくるやろ。そしたらいよいよあい先輩の誕生やな」


 吉田団地に入って直進して、高速の橋桁に突き当たって右折。車1台分の細道を上がって行って左折。跨線橋を渡って右折して、道は下って行く。

あいちゃんの「陽の光に溢れて気持ちいいね」に、「今、幽霊出たら笑いもんやで」と俺。

「どうして?」とあいちゃん。

「光が眩し過ぎて幽霊、透明になって、人脅かすこと出来んし」と戯言叩いて笑う俺に、あいちゃん、「げんなり〜」

 と、あいちゃん、「おっと人が居るし。ベビーカーも」

 俺も、「こんな寂しいところに家族連れ?桜もないし、散歩やったとしたら不自然やな。もしかして中国人か?」

「違うし」と、あいちゃん、直ぐに否定。


 左手の垣の上に見えるのは、電源が入ってない壊れた古い自販機。

 俺の「あいちゃん自販機や」に、あいちゃん、「自販機、道路から高いところにえるよね?」

「おう、垣の上にあるけんな」と俺。

「たくま、手が届いたんだよ」

「それは凄いな。さすが、身長190センチ!」


 あいちゃんルート、吉志インターの手前、ここんとこ、何回もあいちゃんをバイト先まで送ってやっている。もしかして、あいちゃんも心苦しさを感じているかもしれない。それを払拭出来るかとうかは分からないが、俺は切り出した、「せっかく門司まできたんや。天気、めっちゃ良いし、和布刈公園に桜見に行って来るわ。昨日の温泉行脚、雨降りよったけん写真も取る気にならんやったもんな」

 あいちゃんの声のトーンか上がって、「うん。猫G、それが良いよ。せっかく門司まで来たんやからね」


 鹿喰峠の辺り、会話が止まる。あいちゃん、お勤め前のメイクに余念がないようだ。

「確かこの露地やったかいな?」

 あいちゃんの「薬屋の角だよ」に、俺、一つ手前の路地に入ってしまった。ありゃ、車1台分の幅しかない道を、こっちに向って、車がやって来る。どう考えても、一方通行を逆に入ってしまったようだ。

 左にバックして直進して、一つ向こうの路地に入って、「この道やったんを間違って一方通行の道に入ってしもうたわ」

「ちゃんと指示しなくてご免」とあいちゃん。


 あいちゃんのバイト先のちょっと先で車を停めた。

「あいちゃんは仕事に行ってきま〜す」と、運転席後ろの後部座席のドアを開けた、いつになく剽軽なあいちゃんに、『自分で自分のことをあいちゃんか』と、俺は、ぷっと吹き出したいのを堪えて、「しっかり稼いで東京行きの資金にせぇや」