誰よりも早く来るとデメリットもある。準備中の門司港レトロポップスライブのメンバーに対して目立ってしまうこと。俺ら夫婦、恥ずかしがり屋だから(笑

  嫁を大連航路前の路上で降ろして、クーラーボックスを預ける。停めるのは、門司港レトロ西海岸有料駐車場。一日最大500円だ。今俺は、前回4月下旬に続いての断端の擦過傷を患っている。見た目、5ミリほどの傷なのだが、断端袋を一枚被せただけで義足のソケットに突っ込むので、擦れて、その痛みは半端ない。よくこれで毎日5・5キロも歩くわと感心する。

 義足を外すと、断端に被せた袋の下部は血だらけだ。だがら、長めの距離を移動するときは、少しでもソケットとの擦れを少くするために、もう一枚、断端に被せる袋を増やして、二枚にする。

 

 いつも来ているのに、階段の場所を勘違いした俺に、嫁、「そっちじゃないやろ。私はエレベーターで上がるよ」
 と、総白髪の楽器を入れた大きなケースを肩から下げた、門司港レトロポップスライブのメンバー、確か、トレジャーボックスのQちゃんだと思うんだが、「一緒にどうぞ」と、エレベーターに誘ってくれた。

 嫁、「すいません。年取ると足に来ますね」
 エレベーター内、なんか喋らないとと思った嫁、「楽器かっこいいですね」
 俺はすかさず、「アホか!メンバーさんやねぇか」
 Qちゃん、「メンバーのふりをしているだけですから」と、謙遜する。

 

 二階の会場前に着いたのは9時半くらいだった。今日も天気が良く、晴れ上がった関門海峡の景色がテラスから一望だ。心地良い風も吹いてくる。嫁は早々にテラスのベンチで寛いでいる。会場の扉は開け放たれて、門司港レトロポップスのメンバーは機材の搬入に余念がない。屋内にいて、メンバーに気を使われるのも嫌だから、俺も嫁の横に腰を下ろした。

 すると、嬉しいサプライズが。トレジャーボックスのオリビアちゃんだ。窓を介して屋内から声を掛けてきてくれた。

「いつも早くから来て頂いてありがとうございます」の美声に、俺は振り向いてぎょっ!オリビアちゃんがめっちゃ間近に。

「天気が良くて気持ち良さそうやったもんでテラスに出てました。昨日はアイドルのライブに行ってました」と、返した俺に、オリビアちゃん、「はい見てます?」

『えっ!見てますって俺のユーチューブ?』

 に決まってるよな。動画、トレジャーボックスってタイトル打っとんやから。っていうことは、もしかして、俺の説明文も読んでるってこと。

 

 俺のユーチューブの構成は、門司港レトロポップスライブとご当地アイドルライブとバスハイク動画だ。何度か言ったが、俺は、自分で観て楽しむために動画を撮ってユーチューブにアップする。このところ、7時のコーヒータイムで、息子から長期に渡って借り受けているXiaomiRedmi Pad SEで観ている。

 俺ら夫婦にとって、オリビアちゃんはご当地アイドル、例えば、博多ORIHIMEの白石ありさちゃん、めいどりーみんのすいちゃん・みらいちゃん、愛Dreamの東原茉祐ちゃん・藤崎ひよりちゃん・大西波音ちゃん・麻倉麻倉えいみちゃん・山中まりんちゃんにも匹敵する憧れの対象だ。

 ユーチューブはあくまでも自分で撮った作品ではあるものの、毎日毎日観続けると、テレビに出ている手の届かない芸能人に対するような感覚を持つようになってしまうから、不思議だ。

 俺ら夫婦が五年間通った別府のヒットパレードクラブ、ジーンとサンディーさんに憧れていたが、ついぞ、言葉を交わしたことはなかった。嫁はサンディーさんと1回、アユミーゴと1回、常連客の口利きでジーンと1回、写真には収まったことはあるが、あくまてもあの二人は、俺ら夫婦にとっては、手の届かないスターだ。だから、オリビアちゃんと言葉を交わせたことは、ある意味、奇跡?


 開演は11時。会場は30分前というのが常連には暗黙の了解だ。たから、俺ら夫婦、わざと扉の前に立って待つ。マナーを気にする初見の普通の人は訊いてくる、「何時に入れるんてすが?」と。


だが、この70は過ぎていると思われるじいさん(俺ら夫婦もじじいばばあだから人のことは言えないが)は違った。

 俺は、扉からちょっと離れた、窓の下の腰掛けに座っていたのだが、嫁が顔を怒らせて寄って来て、「じいさんが中に入って行って私たちがいつもゲットしている最前列の席に座ったよ」
 俺は、「関係者じゃねぇんか?」
 嫁、「違うよ。初めて見る顔やがら」
「まぁ俺ら監視員でも何でもねぇんやからそのうちメンバーが追い出してくれるんやねぇか」

 トップバッターのGS CLUB BANDがリハーサル中の中を覗いてみると、じいさん一見さんのようだ。何も知らない如く堂々と、俺らがいつも座っている席に腰を下ろしている。ちょっとムカつくな。まぁメンバーが追い出してくれなかったら仕方ない。じいさんの左隣に座るとするか。


 すると、中からオリビアちゃんが出て来て、「待ち遠しいでしょう?」

「いえ、待つ慣れてるんで気にしないで下さい」と俺。

 オリビアちゃん、「リハーサルもだいぶ進みましたしもう中で座って待ってもいいと思いますよ」と、中に入ることを促す。

 なら仕方ない。左肩にクーラーボックスの紐を掛けた俺と嫁、、会場に足を踏み入れた。俺ら夫婦の後ろで開場を待っていた年配の女性客も、「いいんですか」と続く。

 中程まで進んだとき、MAMAのリードギター兼ボーカルメンバーさん、「すいません。まだリハーサル中なもので外で待っていてもらえますか」押し止めてきた。俺は咎められても全く気にしない。想定内だったから。

 嫁は、「ああ怖かったぁ」

 俺は、「あほか!何が怖かったか!」と窘める。

 彼女、会場外に出た俺らに、「すいません」と恐縮していたが、まぁ親切が仇となった形ではあるが、オリビアちゃんが、わさわざ、俺ら夫婦に気を使ってくれた結果だし、嬉しかった。

 それと、何も悪びれることなく座っていた、じいさんも追い出してくれた。MAMAのボーカルメンバーさん、グッドジョブ。


 このじいさん、外に出されて暫くは俺ら夫婦の後ろにいたが、あの最前列の席に未練たらたらなんだろう、俺ら夫婦の右横に来て、鵜の目鷹の目で開場を待ちだした。他の観客は、一番先に来た俺ら夫婦の優先権認めてくれていたというのに。


 俺は嫁に言った、「千円出しとけ」を聞き止めたじいさん、てっきり無料だと安心していたのに不安になったのか、「お金要るん?」

 俺、わざとらしく、「ああタダやねぇよ。これだけの演奏聴かせてくれるんやから」

 きょとんとするじいさんに、「これからも頑張って下さいって気持ちでカンパや!」と、俺は止めを刺す。