「俺のMRで俺の運転で、北九州へは冷水峠越えの飯塚経由で直方・黒崎に抜けた。峠のワインディングロードで速く走るためのコツを達己さんの個人教授でいろいろ教えて貰えたよ。クラブの榎本さん、川口さん、江口さんには悪いけど」と申し訳無さそうに笑う。
「車はなるべく遠くに停めて歩いて黒崎の場末の歓楽街に向かうんや。あの街は正直ヤバい。危ない奴が普通に肩で風切って歩いとるけんね。喧嘩売るって言われても俺はそんな場面見たことないしやり方も分からんし、達己さん何やらかすつもりなんやとほんとどきどきもんやったよ」
「達己さんが俺に言うんや。拓海道路の真ん中歩いて前方見据えて視線落とすなよ、避けるなよって」
「うわっ!超ヤバそう」と照代。
 美咲も、「絶対人に当たるやん」
「当然!」と拓海。
「肩で風切る奴は必ず道路のど真ん中歩いて来て避けるこたぁ奴らの沽券に関わるけんね」

 達己さん、「まず俺が手本見せたる。拓海は俺から離れて一般人に紛れて関係ない振りしとけやって。で喧嘩が始まったら喧嘩や!喧嘩や!って叫び捲って見物人集めろげな。こいは今まで俺が教えた極意の実践編や。見物人に混じって俺の喧嘩ば間近で見れやって。喧嘩見物は何にも勝る庶民の娯楽やけんなって達己さん楽しくてしょうがないみたいににやにや笑ってんの」
 美穂ちゃん、『こんな場面、何か、前に誰かから聞いたような…、そうや、大吾伯父さんが語っとった戦後の佐世保の達己さんの喧嘩のやり方やった』
「そうこうしているうちに向こうからガタイのデカいパンチパーマのヤバそうな奴が二人歩いてきたよ。見た目もろヤーさんやで」
 美咲を除いた女の子三人、「うへっ!」
「相手は並んで道のど真ん中歩いて来るけん達己さんの両肩がちょうど二人の片方の肩に当たる感じ」

「何じゃわれ!人にぶつかっとって詫びも入れんと素通りするつもりかってむっちゃドスの効いた声。もう一人もここでナメた真似さらすと簀巻きにされて遠賀川に浮かぶぞげな」
 美咲、得意気に、「拓海、私が何度も喋らせてやったけんめっちゃ実況上手くなったじゃん」
「おかげ様で、って美咲、人のことやと思うてからに。あんとき俺ぁ生きた心地せんやったんやで」
「スーパーマンの達己おじさん付いてんのに拓海の身に危険が及ぶ可能性なんてゼロじゃん」
 拓海、「まっ実際その通りなんやけど」とバツが悪そうに頭を掻く。

「わざと一旦通り過ぎた達己さん、くるっと踵を返してへらへら相手ばバカにしたごと笑いながら、『何か言うたか?黒崎の肥溜めのボンクラ糞やくざがよぉ』げな。ほんと達己さん言うことえげつないわぁ。これで頭に血が上らん奴は居らんよね」
「瞬間、『何やとおどれ、ぶち殺したるわ』ってまず1人が達己さんに猛然と殴り掛かっていったんやわ。俺はこの機やと、言われた通り喧嘩や!喧嘩や!って大声で叫び捲ったわ。この裏通り結構人が歩きよったんやけど途端みんな足止めて、飲み屋とかからもぞろぞろ人が出てきて一気に人垣ができたよ。その人垣に潜り込んだ俺は見物に最良の場所ゲットしたった」
「まぁ俺たち五人あの丸星で一回達己さんの華麗な喧嘩見とるけんその強さは信じて疑わんのやけど」
「達己さんの喧嘩凄いの一言!神業!達己さんの顔面に拳ヒットさせきる奴なんてこの世に存在すんのかっていうくらいの信じられん動きなんや。大袈裟やのうてミリ単位で避けるけん見物人には当たったようにしか見えんの。例えたら流水に浮かぶ細長い笹の葉やな。渓流には石や岩が無数に水面に突き出しとるけど流れる笹の葉は絶対当たらんやろ。蹴っても体当たり食らわそうとしても全部空振り。ヤーさんこうなったらもう恥も外聞も糞食らえっていう気分になったごたるでとうとう抜きやがった」

 美咲を除いた女の子三人、わざとらしく、「抜いたって何を?」
「そりゃぁ決まっとるやん。相手はヤーさんやで」
 夏希が、「もしかして刃物?」
「ピンポンやでぇ。びびったぁ。まぁヤーさんやけん懐に隠し持っとるちゅうんは知っとったばってんよぉ。映画やドラマの世界やないんでぇ。現実やでぇ。実際面前でヤクザのヤクザたる証のドスば出されたらこの世の光景とは思えんぜ。見物人もおい警察呼んだんがええんやないかって声が漏れだしたよ。一つ間違えば殺人やけんね。いくら鬼のごと強い達己さんやけどドスは分が悪いやろ。拳やったら一・二発貰ったっちゃ達己さんやったらどうってことないやろうけど刃物はちょっとでも油断したら本当に死ぬよ。そいに奴ら本職やし扱い慣れとるけんね」
 調子に乗って喋りまくる拓海の話しの腰を折るかのごとく、「あれっ知らんの?」と怪訝な顔の照代。
 照代の言いたいことを察した美咲が、「ごめん。その件拓海には話してなかったよ。いっつも得意になって話すけん言うの悪いかなって思ってね」
「確かにね」と相槌を打つ美穂ちゃんと夏希。
 拓海、口を尖らせて、「何や!俺だけ除け者かよぉ」
 美穂ちゃんが、「じゃぁ教えてあげるよ拓海君。いじけんでね」と前置きする。

「私が留学する前の夏、伯父さんが鳥巣の映画館で大怪獣ラドンの上映会開いてくれたん覚えとる?」
 拓海、黒歴史を思い出すが如く、苦虫を噛み潰したような顔で、「はっきり覚えとるさ。相当ショックやったけんね。美咲に『私たち鳥巣に美穂の伯父さんの歓迎会行ってくるけんね。達己さんと亡くなった最愛の奥さんがエクストラで出演してるラドンっていう怪獣映画も上映されるみたいなんよ。楽しみ!』ってキャピキャピでカミングアウトされてよぉ、俺なんか端から眼中にない感じで除けもんにされて一人いじけとったけんね。俺は悟ったよ。丸星のことがあったけん俺なんか彼氏どころが男とも見なされてないんやろうなって」と。大袈裟にがガクッと肩を落とす。
 美咲、拓海の肩に手を置いて慰めるように、「拓海そんなこと考えてたんや、ごめん。そんなつもり私たちには全くなかったんよ。ただ美穂の女友達として私たち三人だけ追加で参加することでOK貰っとったん。その中に拓海入れる訳いかんやろ。他意は全くないんやから」
「本当や?」と疑わしい拓海に、美咲、「美穂、本当だよね」
 美穂ちゃん、「本当だよ拓海君。またいつか伯父さん帰ってくるって思うけんそのときは美咲の彼氏やから呼んでいいってちゃんと頼むよ」
 やっと笑顔の出た拓海に美穂ちゃん、「伯父さん上映に先だって昭和20年代の達己さんの荒んだ生活がどれほど凄いものだったか話してくれたん。達己さんその頃佐世保の山崎組の組長じゃなかった、代表みたいなことしてたん。いつも半島の人たちに命を狙われていたんやけど達己さん日本刀で向かってくる相手に対していつも素手で相手してやってたんやって」
 拓海、あんぐりと口を開けて、「何、武闘派で有名な佐世保の山崎組ってまだ厳然として存在してんじゃん。ときどきヤバいニュースになっとるし。その代表?!素手で日本刀に立ち向かっとった?!してやってた?!俺あんだけ長く達己さんと一緒に過ごしとって何も話してくれんやったでぇ」
「達己さん照れ屋っていうんか自分のことに関して全く話さない人やから。伯父さんが教えてくれんかったら私たちも何も分からんよ」と口を尖らす美穂ちゃん。

 

 2024年4月3日修正