※この小説は私の独り善がりの物語であり、フィクションです。登場する個人・団体名はすべて架空のものです。どうぞご了承下さい。

 

 店頭課の事務所裏、自販機前でコーヒーブレイクしていると名倉が寄って来てくれるようになった。彼女は22歳、俺のオフロードレース活動に興味を持ってくれて、それを取っ掛かりにいろんな話が出来るようになった。俺の若禿進行は誰の目にも明らかだったのに、パジェロのお陰で苦手意識を払拭して、年下の女性社員と和気藹々に話せるようになっていた。この頃俺は30歳、平成元年のことだ。その内、俺は名倉の姿を目で追い、彼女に関する噂話に聞き耳を立てるようになった。若禿で義足の身の程知らずが、俺は彼女に好意を寄せるようになっていた。

 整備に俺の二つ下で江〇という社員が居た。ぽっちゃり体型で馴れ馴れしい犬顔だ。この支店の建物、三階建てで、一階はショールームと倉庫、二階が営業部と支店長室、小さい会議室、三階が総務と大きい会議室、電話交換室だ。拡販期、二階の支店長室の営業部側の壁には各営業マンの目標に対する実績表が貼り出されていた。もちろん名倉も含めて数人の女性営業の名前もあった。
 夕方、所用で営業部を訪れた整備課車検担当の江〇が実績表の前で足を止め、仲のいい営業マンとくっちゃべっている。同じ会社に所属していながら、整備課の奴には拡販という言葉はどこか他人事だ。名倉の実績に目を留めて、「この子はパンツ履いたまま妊娠する」
 ――ポン高校出の奴の言うことは意味が分からん。エロいということか?
 整備と営業は仕事上、社用車でよく一緒に顧客のもとに向かう。その関係で女性営業ともフレンドリーなのだが、俺はこの一言でこいつに敵意を持った。

 隠れて寛ぎのコーヒーブレイクと一服。飲料と煙草の自販機が並ぶ対面には、狭い通路を挟んで、腰の高さくらいのオプションカタログを収めたガラスケースがあった。その上に買ったコーヒーと会社の備品の灰皿を置く。今は世の中の変化で絶対に出来ないことだが。
 名倉が寄って来た。若干の胸の高鳴り。
「YMRさんお疲れさま」の笑顔。今はこの笑顔に会いたくて夕方会社に戻ってきているようなものだ。俺はしれっと切り出す。
「名倉、パジェロで砂浜走ってみたくねぇか?」
「車で砂浜って走れるん?」
「天下のパジェロやで。出来ねぇことなんかねぇわ」
 名倉は目を輝かせて、「走ってみたい!連れてって」
 俺は内心にやっと笑うと、心でガッツポーズ。
「文化の日に行こうや。廣井さん、古庄さん、宮川さんと行き付けのスナックのママとあと一人は従業員のモモちゃんや。車が四台っちゅうことは、おっと助手席が一人空いてしまうな」
「やったら奈美ちゃん誘うよ」
「おういいねぇ。頼むわ」
「うん楽しみ!」

 俺は名倉を誘う機会をずっと狙っていた。そのために、古庄さん、宮川さん、廣井さんにはちゃんと根回ししておいた。ツーリングに助手席に女(性)を乗せるのは当然だ。じゃないとお寒くて、面白くも糞もない。当時俺が持っていたミュージックカセットは荻野目洋子のベスト、大ヒット曲の六本木純情派とダンシング・ヒーローも収録されていた。オープンにしたパジェロで、このアルバムを大音量でがんがん流しながら傍若無人に公道をかっ飛ぶ。この頃には俺ら、四駆ツーリングを重ねて、だいたいのパターンは作り上げていた。お行儀良く隊列を組んでなんか走らない。各自思い思いに突っ走る。途中で何度か止まって遅れた仲間を待つ。

 この日、どこで待ち合わせしたかははっきりとは覚えていない。都市高速横代インターのちょっと先、行橋に向かう10号線の右手に大きなパチンコ屋、ラスベガスがある。そこの駐車場は広くて夜遅くまで停めたままにしておける。多分、そこではないかと思う。初めて誘った名倉、頭が禿げ始めた俺は、家まで迎えに行けるほど図々しくは出来ない。彼女らの車はここに停めさせて、パジェロに乗り換えたのではなかろうか。

 助手席に名倉を確保して、俺はほくほくだった。車はパジェロキャンバストップのスポーツターボではあったものの二台目だ。一台目の2000CCガソリンターボはレース専用車両にしてナンバーを切ったため、もう一台買う必要があった。それがこのパジェロで、ガソリンが廃止になってディーゼルを選ぶしかなかったが、結果的には良かった。思ったよりパワフルで、ある程度のスピードは出るし、何より燃料代が安い。
 ただ一つ、しまったと後悔したのはメーカーオプションのパワーステアリングを選択しなかったことだ。まぁ腕力で切れないことはなかったが、強く握り締めるため、顧客の横山さんから貰ったACクレージュの純白の3本スポークテアリングの革が捲れてしまい、捨てざるを得なかった。

 2021年2月2日・7月27日・8月13日・2023年2月8日・2023年8月16日・2024年3月28日修正