川口は視界に江口を捉えたままずっと不機嫌だった。
 徹と江口、由起と千恵美が豪華料理を取り分けた皿、ビールグラスを前にして立食テーブルを囲む。
 徹が、「江口ちゃんと約束守ったけな」
「おう感謝感激や。もう俺はお前に足向けて寝られんわ」と江口は頬が緩みっぱなしだ。
 由起が、「千恵美もこれで私たちの仲間だよ。もしかしたら普通では経験出来んこといっぱい出来るかもよ」と意味深に笑う。
「俺今までは達つぁん命やったけどこれからは千恵美ちゃん命になるよ」と歯の浮くような台詞を真顔で言う江口に、千恵美が怪訝な顔で、「たっつぁんいのち…?」
 由起が笑いながら、「徹も私も江口さんも俊夫さんも…」
「ほらあの人」と由起は達己を指して、「達己さんの信奉者なん」
 千恵美は、「逞しくて格好良い!」
「あとで紹介するよ」と軽く言った由起の言葉に江口が慌てる。
「ま、拙いよ由起ちゃん!」
 由起は笑って、想定内だったかのように千恵美に釘を刺すのを忘れない。
「千恵美、達さん好きになっても無理やから。死に別れた奥さんへの想いまだ残ってるようやし…」
 由起は見回して、「ほらあの女子高生3人組の真ん中の子、佐和子ちゃんと、さっきカウンターの中に居た俊夫さんの姪の美千子ちゃんが激しい恋のバトルやっとるけんね」
 千恵美は、「まさか現役女子高生が彼女候補!」
「もう1人は現役女子大生だよ」と由起が畳み掛ける。
「モテるんやね」と驚きを隠せない千恵美だったが、「ただ格好良いなって思っただけやけん何でもないよ」
 江口はほっと胸を撫で下ろす。

 和気藹々の江口たちを苦虫を噛み潰したような顔で見ている川口に寄って行った俺は、テーブルのビールを手に取って注いでやった。
「ほら飲めや」
「大悟さん光栄です」と川口はコップを両手で持つ。
 俺は顎で指して、「向こうが気になってしょうがねぇごたるな」
「い、いえ…」
「お前の気持ち分かっとるよ。まぁ、徹許してやれよ。由起ちゃんも2人一緒に紹介するんは無理やわ」
「大悟さんそれは重々分かっとるんですが、羨ましいっす」
「江口ん野郎、いつも俺に言うんです。俺が達つぁんの一の子分やけなって。やから優先順位はいつも奴の方が先なんです」と不満気な表情をする。
 俺は笑いながら、「お前らは良いコンビや。達己の力になってくれや」
 川口は鼻息荒く、「俺も江口も達つぁんのことになったら女もクソもねぇですけ」
 俺はにやっと笑って、「そん割にはこの前の高良山走行会、由起ちゃんに女の子紹介するからち言われて徹ば応援してやったんやねぇか」
 川口はきょとんとした顔をして、「大悟さんが何で知ってあるんですか?」
「俺はお前らのことは何でも承知や。優先順位でお前ぇが取り残されて不貞腐れちょるこつもな」
 川口は頭を掻いて、「不貞腐れてなんかないですよ大悟さん、ちょっと淋しいだけで」
「まぁいいや」と俺は真知子たちに混ざってピエール・オゾンのケーキに舌鼓を打って感動している赤坂裕恵を呼んだ。
「裕恵ちゃんこっちん来てんや」
「は~い」と眼鏡女子の裕恵は小皿を持ったまま移動すると、「大悟さん口にクリーム付いてないですか?」
「おっちょこちょいの裕恵ちゃんやけど大丈夫だよ」
「どうや川口、裕恵ちゃんかわいいやろ」
 裕恵は、「もう面と向かって言われたら恥ずかしいですぅ」と赤くなって下を向く。
 見惚れてぼ〜っとしている川口に、「おい川口」と肩を叩く。
「か、かわいいです」
「裕恵ちゃんは鳥巣高で事務しよんや。鳥巣商業卒で歳は…」
「22です」と裕恵ちゃん。
「川口自己紹介せぇや」
「は、はい。歳は31で出身は伊万里です。伊万里商業を卒業して国鉄に入りました。女の子とは高校時代に1回付き合っただけです。就職してからは彼女も作らず仕事命で頑張ってきました」
「嘘言え。出来んやっただけやねぇか」と俺が水を差したが、川口の耳には全く入らないようだ。
「身長173、体重60キロです。趣味は車で三菱のギャランFTO1600GSRを転がしてます。天地真理の大ファンです。ちなみに親友の江口は小柳ルミ子の大ファンです」
 俺はわざとらしく、あちゃ〜と目を覆って、「転がしてますっちお前は暴走族か?裕恵ちゃんがドン引くぞ」
「すいません」と川口が口を突き出して後頭部を撫でる。
「どうや裕恵ちゃん、川口の頭の天辺から爪先までじっくり観察して、付き合ってみる気になれるかどうか値踏みしてや」と意地悪く言う俺に、審判を受ける川口はカチンカチンに固くなる。
 裕恵はにこっと微笑んで、「川口さん面白そう。付き合ったら退屈せんみたい」
 川口が思わず、「つ…付き合ったら」と反芻する。
 俺は、「えっ!まさか裕恵ちゃん、川口と付き合ってもいいん?」と大業に驚いて見せる。
 裕恵はこっくりと頷いて、「おっちょこちょいで慌てんぼうの私ですが良かったら付き合って下さい」と川口に握手を求める。思わぬ展開に川口は面食らう。恐る恐る出した手を裕恵はしっかり握った。
 ケッと俺は想定外の展開だったかのように落胆してみせる。俺は裕恵ちゃんに超能力は使ってない。あくまでも自然な成り行きだった。
「川口お前幸せな奴やのう。女の子の即答てろまずねぇぞ」
「ありがとうございます大悟さん」と川口は嬉しくて嬉しくて堪らない様でニヤケっ放しだ。
「川口こいでお前も彼女持ちや。堂々と江口と徹に祐恵ちゃん紹介して来いよ」
 川口は意気揚々と、「はい大悟さん。行ってきます」

 里絵子を中心にきゃっきゃっ楽しんでる高校生グループに寄って行った俺は、「どうやみんな腹は膨れたか?」
 里絵子が満足そうな笑みを浮かべて、「大悟先生こんな素敵なお料理ありがとう。もう食べらんない。お腹いっぱい」
 真知子が笑いながら、「里絵子ったらこんな料理滅多に食べられんからって別腹に入れとったよ」
 里絵子はへへんといった感じで、「どう私の別腹便利やろ?でも人間って不便だよね。お腹いっぱいになったらどんなに美味しい料理でも箸をつけらんなくなるんやから。熊さんだったら食べ溜めして冬眠出来るのにぃ」
「里絵子って食べることに関してはうちらと考えることが違うよね」と佐和子が感心する。
 俺は、「里絵子は痩の大食いか。身体無茶細いよな」
「うん。食べても全く太らないんだ」と、さも当然のことのように応える里絵子に、佐和子が羨ましそうに、「里絵子は良いよね。食べても太んないけん」
「何か、お佐和はダイエットしよんか?」と俺。
 佐和子はこっくりと頷いて、「今日は大悟おじさんが奮発してくれた料理の誘惑に抗うことが出来ずに、ピエール・オゾンのケーキも食べてしまったし、相当気合い入れてダイエットせんと」と肩を落とす。
 俺は真顔になって、「お佐和、無理なダイエットは控えろよな。自慢の乳が縮んだら俺ぁショックやけんな」と視線は佐和子の胸に。
 佐和子は腕でバストを覆って、「大悟おじさんのスケベ!べーだ」と舌を出す。
 俺は頭を掻いて、「あちゃ~、お佐和に嫌われちまった」と豪快に笑う。

 

 2020年10月24日・2024年3月18日修正