「うわー綺麗!」
 佐和子は達己の横にちょこんと立って素直に感動する。
「こんな夜景見とったら悩みなんか全部忘れちゃう」
 達己は煙草を銜えたまま、「何かお佐和でも悩みあるんか?」
「おじさん酷い!まるで私が能天気な言い方。これでも思春期の女子高生なんやから…」
 ――私の一番の悩みはおじさんのこと――
 佐和子はランサーの後部座席からバスケットを取り出した。
「おじさん、あそこのベンチに座って食べよ」
 佐和子がアルミ箔に包まれた弁当を二人の真ん中に置いて開くと、中にはふりかけを塗したおにぎりが三個と海苔で包んだおにぎりが三個、それぞれ梅干しとおかかが入れてある。おかずにはおしんこ、から揚げ、卵焼き、ウインナー、ポテトサラダ、焼きそば。
 佐和子は笑顔で、「はいお箸」
「おっ美味そうやな。サンキューお佐和。腹ペコペコやったんや」
「真知のお弁当には敵わんかもしんないけど一生懸命作ったん」
 達己は卵焼きを口に放り込んで、おにぎりを一口齧った。佐和子は食べる達己を凝視する。
「どうおじさん美味しい?」
「ああ美味いぜお佐和」
「嬉しいおじさん」
 達己の、「真知の弁当もそろそろ飽きたかいな」の一言に、「あっ酷い!真知に言い付けちゃおうっと」
「待てお佐和冗談じゃ。真知の奴怒ったら怖ぇんじゃ」と大袈裟なジェスチャーで慌てて否定する達己に、「おじさんおかしい」とぷっと吹き出す。

 お佐和は神妙な顔で、「ねぇおじさん…」
「おじさんに好きって言ったこと嬉しかったぁ?」
 達己はお佐和の目をちゃんと見て、「嬉しいに決まっとるやねぇか」
「ありがとうおじさん」と嬉しさに思わず頬が緩んだ佐和子だが、「でね…」と言葉に詰まる。
「私の想いおじさんに届くんかなぁ…」と佐和子は睫毛を伏せた。17才の女の子の切ない想いが達己の胸に痛いほど伝わってくる。
 達己は佐和子の正面に屈んで、下顎を親指と人差し指で挟んで顔を上げさせた。互いの視線が絡み合う。
「お佐和、よ~く聞けよ」
「お佐和はまだ17才じゃ。俺はお佐和の親父さんとほとんど歳が変わらんオヤジや。39年の人生いろんなこと経験して今まで生きてき来た。お佐和はまだ可能性の塊や。今から大学行って青春真っただ中で人生楽しんで擦れ違う男がみんな振り返る様な良い女になるやろ。好きな仕事に没頭してもしかしたら俺よりむちゃ格好良い男が現われてお佐和が好きって告るかもしれん。その頃俺は若さが弾ける美貌のお佐和をチラ見することさえ許されねぇオヤジ臭の漂う完全な中年になっとる…」
「私はおじさんが世界で一番好き。他の男なんて見向くこと絶対ない」
 お佐和は目にいっぱい涙を溜めて訴える。
「お佐和の気持ち無茶嬉しいぜ。ほいでもよぉ、俺はお佐和が真知と同じくれぇ大事なんじゃ。もしかしたら俺に対する気持ちは一時の気の迷いかもしれねぇ。時間が掛かってもええ。お佐和には自分の気持ちとじっくり向き合って貰いてぇ。お佐和が淋しゅうて俺に会いたいち言うならいつでもランサー飛ばして迎えに行っちゃる。やけんあんまり俺のことで思い悩むな。俺はお佐和から絶対逃げやしねぇ。お佐和の気持ちが固まるまで誰とも付き合わねぇけ」
「もしかしたらそんときゃ俺もお佐和を好きになっとって反対にもうおじさん嫌いちフラれるかもしれん」と笑う。
 達己の冗談めかした言葉に佐和子はキッと真顔になって、「そんなこと神に誓って絶対ない!」と言い切る。

「美千子さんともお付き合いしないの?」
 心配そうに訊く佐和子に、達己は確固たる信念を示すかのように、顔を両手で挟んで瞳を見詰めながら、「お佐和、俺を信用せぇや」
 佐和子はこっくりと頷いて、「私の大好きな人はおじさんだけやから。きっときっと待っててよ」
「ぁあ分かった」

「こうやって真知とお布団並べて寝るん去年の修学旅行以来やね」
「そうやね佐和子。楽しかったよね。でも思い出したらおかしい。みんな狸寝入りが上手で…」
 ぷっと真知子が吹き出した。
「どしたん真知?」
「ほら、みんなで恒例の怖い話で盛り上がって」
「うん、里絵子がトイレに行けんごとなって真夜中私と真知を無理やり起こしてさぁ…」
「そう、消灯されて薄暗い廊下をトイレまで行ったんは良かったんやけど、あの京都の宿古くてトイレの電灯今にも切れそうに点滅してて、入った瞬間ぱっと切れて真っ暗になってしまって慌てたよね」
「里絵子きゃ~って大声で叫んで腰が抜けてしまって…」
「男子たち何事やってすぐ飛んで来てくれたっけ」
「里絵子のバツの悪そうな顔思い出しただけでおかしい」と真知子。

「ねぇ真知…」と佐和子が重い口を開いた。
「真知には複雑な思いさせてしまって悪かったんやけどやっぱり私おじさんを好きになって良かった。私の想い全くおじさんに届かないっていう訳やなかった。嬉しかった」
 今日の達己とのこと、真知子から切り出し難かったのだが、佐和子から話題にしてくれて真知子はほっとする。
「おじさん私の事凄く大事に思ってくれてたん。実の娘の真知と同じくらいに」
「同じくらい?」
 真知子が訊き返す。
「うん、おじさん言ってくれたん。今の私のおじさんへの気持ちが変わることのない確かなものか時間が掛かっても良いからじっくり向き合えって。それまではおじさん誰とも付き合わんって約束してくれたん。美千子さんともね。いつになるか分からんけど私を好きになるかもしんないっても言ってくれたん。でね、私がおじさんを必要としたらいつでもランサーで迎えに来てくれるって」
「へぇお父さん凄い。そんなこと言ったん」
「だから真知、私のおじさんへの気持ちは絶対だと確信できるんやけど、ちゃんと希望の西南の英専に受かって通訳目指す。そして無茶良い女になっておじさん振り向かすん」

 真知子は佐和子の強い決意に感服してしまった。『お父さんが親友のお佐和と…』と思うと複雑な気持ちになるのは否めないが、ここまで達己を想う佐和子を見てると応援してやりたくなる。
「でね真知、私おじさんの前で泣いてしまったん」
 真知子はがばっと起き上がって、「ごめん佐和子、お父さん佐和子を泣かすようなことしたん?」
 佐和子も起き上がって、「真知勘違いせんで。おじさんは悪くないん。私おじさんに高良山本気で走ってって頼み込んだん」
「えっ!」と真知子は開いた口が塞がらない。
「佐和子、そんな無謀な事を…お父さんが本気で山走ったら大の大人でも耐え切れんよ。下手したら吐いてしまうけん」
「でも真知はどうもないんやろ?」
「うん。真知は小学生のときからお父さんの横に乗せられとるけんもう慣れっこなんやけど…佐和子は…」
 佐和子はぺろっと舌を出して、「失敗しちゃった。正直怖かった。登り終わったらほとんど失神状態で泣き出しちゃった。でも我慢したよ。これで真知と同じように堂々とおじさんの横に乗れるんやから私」
「佐和子……」
 ――そこまでお父さんのことを…――

 

 2019年8月1日・2024年1月16日修正