沈み切れない真っ赤な夏の太陽が耳納連山の稜線を紅く染め上げる。大塚家の面々は焼肉パーティーの準備に余念がなかった。
「浩ええぞ。取ってくれ」
 浩紀はいっぱいに手を伸ばして脚立に立つ俊夫に長いコードの電灯を渡す。大塚組の資材置き場には小型のユンボが二台ある。俊夫はユンボのアームを伸ばして電灯を吊り下げる。
 即席のテーブルはビール箱を二箱重ねて間隔を置いて並べ、その上に、まだ使用してないセメントを流し込む型板の工事用ベニヤ合板を載せて、ちょっと離して二テーブル作った。明美と美千子はビール、ジュース、麦茶、野菜、果物、ホルモン、魚介類、牛肉などを準備している。妹の宏美も手伝う。
 二つに切ったドラム缶に炭火を熾して2つのテーブルの横置きに置く。この辺りは結構木立が多い。夕暮れ時、蜩の鳴き声がBGMだ。ひと通りの準備が終わって、五人テーブルに集まった。
 タオルで滴る汗を拭う俊夫に明美がクーラーボックスから缶ビールを取って、「俊、はいビール」
「おう、ごっつぁっん」
「お子様の浩には…ビールといきたいとやけど、はい麦茶」
「ちぇ、俺もぐいっとビール煽りてーよ」と口を尖らせる。
「駄目よお兄ちゃん、まだ中学生やろ。お巡りさんに捕まるよ」
 おませな宏美が生意気に注意する。
「宏美貴様(きさん)」と浩紀が宏美を追い掛ける。宏美は慌てて俊夫の後ろに隠れる。
「浩、お前もうビールの味は覚えとるやろうや。宴もたけなわの頃飲ましちゃるわ。その方が美味いやろ」
「みんなが来ねぇ内に一服しとけ」とマルボーロを一本引き出してやる。
「一応中学生やけん絶対みんなの前では喫うなよ」と強く念を押した。
「うん。分かっとるって」
 俊夫は美味そうにビールをぐいっと煽ると、「美千」と呼び掛ける。
「達つぁんと会うんは1ヶ月ぶりやろ」
 店で使っているピンクのエプロン姿の美千子は、「うん楽しみ。私今ルンルン気分」と大きな瞳を輝かせる。

 俊が、「来たぁ!」
「えっ」と美千子。
 耳を澄ますと隣近所の迷惑を顧みない爆音に、時折ボゴボゴとキャブの激しい吸い込み音。
「達つぁんのA73じゃ」
 爆音はどんどん近づいてくる。
 美千子が、「あの音凄い!」
「ああ、いっぺん聞いたら忘れられん独特の排気音じゃ」
 大塚組の資材置き場は結構広い。二度の空ぶかしの後エンジンが止まると、大塚家の五人が寄って行く。
「達つぁん」
「おう、俊」
「達さんいらっしゃい」と明美。
 美千子ももじもじしながらも初々しい声で、「達さんいらっしゃい」
 応えて達己も、「オス美っちゃん、久しぶり」
 俊がにやにやしながら、「達つぁん、1ヶ月ぶりやもんで美千が待ち侘びてたっす」
 美千子が顔を赤らめる。
「俊、明美、今日はお言葉に甘えてみんなで来たで」と達己はランサーの横に立つみんなを紹介する。
「俺の長女真知子、長男康太、真知子の友人の佐和子と里絵子、そして康太の同級生の美代ちゃんじゃ」

 大塚家の面々は初めて見る真知子に目を奪われる。
 ――凄ぇ美少女!――
 達己の紹介が終わったのに気付いて、はっとして俊夫も紹介に入る。
「ええと、俺の嫁の明美、長男浩紀、長女宏美、そして俺の姪の美千子す」
「俊、徹ももうじき来るやろ。そいと真知子の同級生がもう二人バイク飛ばしてここに来る筈なんじゃ」
「俺の方ももう一人来るごとなっとります。達つぁんにぜひ紹介してぇ人間です」
「そうか、楽しみやな」と達己。
 真知子がつかつかと大塚家の方に寄って行って頭を下げた。俊夫は一瞬どきっとして気後れする。
「大塚さん、このたびは浩紀君に大怪我をさせてしまいお詫びのしようもございません。もっと早くにお伺いすべきだったのに大変申し訳ございませんでした。その上、日頃お父さんがお世話になってありがとうございます。些少ですが今日のパーティーの足しにして下さい」と包みを俊夫に手渡す。
 俊夫は姿勢を正して、「真知子ちゃん、丁重な謝罪痛み入ります」と答えた後、「雨降って地固まるやないけど、俺ら達つぁんと知り合えたし、浩も康太君と友達になれたことやしもう忘れてくれよ。こっちこそ気を遣わせてしまって恐縮しちまうけん」と笑った。
 達己が照れ臭そうに、「俊、牛肉じゃ。受け取ってくれや。車のトランクにもビール一ケース持って来とるし、今日は心ゆくまで呑もうや」
「達つぁん、ありがたく頂きます」
「そんならみんな揃うまであっちで冷たい物でもどうぞ」と明美がみんなを誘う。

 トヨタのDOHCにしては甲高い排気音、そこに大容量ソレックスツインキャブの吸い込み音が混ざる。
 達己が、「おう以前の排気音とは違うぞ俊。相当弄ったんが一目瞭然じゃ」と、にやっと不敵に笑う。俊夫は頭を掻きながら、「達つぁんすいません。徹が店に来て悩んでたもんでつい力貸しちゃりました」
「ええっちゃ望むところよ。これでバトルが盛り上がるぜ」
 徹は二人でGTVを降りてやってくると、早速由起をみんなに紹介した。小柄な身体にショートカットの髪、笑顔にえくぼがかわいらしい。
 即席テーブルに並べられたビール瓶に目をやった徹は、「あっちゃぁ、ビール腐るほどあるっすね。俺も1ケース持って来ちまいました」
 「徹、金無ぇのに無理せんでええのによぉ」と達己。
 俊夫も、「徹、無理しやがって。お前の一人や二人ただで飲み食いさせたるわ」
「いや、こいつが手ブラで行くんは失礼やと言うもんで。実は由起が金出してくれたんす」
「由起ちゃん出費させちまったな。徹とのデート代に取っとってくれたら良かったんに」と、達己が由起を気遣う。
「達さんと大塚さんにはいつも徹が色々お世話になりっ放しで…、これぐらいさせて下さい」
 由起は達己と俊夫に頭を下げた。
 俊夫は徹の頭を小突いて、「徹には勿体ないくらいよくできた彼女やねぇか」

 達己が真知子に、「彼氏がやっとお出ましのごたるぜ」とニッと笑った。
「もうお父さん」と真知子は困った表情を作る。
 佐和子が、「真知、おじさんも康ちゃんも認めとるんやけんもう観念しても良いんやない?」と真知子に迫る。
 2サイクル・大排気量単車が二台で奏でる排気音は迫力がある。

「おじさん、俺の親友の成沢です」
 達己は成沢に握手を求めて、「成沢君の単車ハスラーか?」
「はい。400っす」
「おう、250じゃねぇで400っちゅうんが俺は好きやな」
 井本が、「俺のときと同じこと言ってますね」と返すと、「そうか」と達己が惚ける。
 達己は二人を大塚家の面々に紹介した。

 異様な排気音の車が駐車場に滑り込んできた。ガングレーメタリックの2ドアハードトップ・ハコスカGTRだ。男連中が目を剥く。直列6気筒DOHCのS20エンジン搭載でウェバー3連キャブ、普段街中で滅多にお目に掛かれない生産台数約2000台の希少車だ。カリカリにチューニングされてるんだろう、稲妻のような排気音にみんな気押されている。
 達己が俊に、「あれが俊の言っていた者(もん)か?」
 俊は誇らしげに、「はい。昔やんちゃしとったときの俺の弟分っす」
「凄ぇ車に乗っとるな」
 恰幅のいい権藤がゆったりと運転席から降りてきて俊夫の前に立った。パンチパーマはどうしようもないが、今日はグラサンも掛けず、下はジーンズ、上は長袖のシャツと至って普通の恰好をしている。長袖は勿論入れ墨を隠すためだ。
「兄貴、今日はお招きありがとうございます」
 権藤は深々と頭を下げる。
 俊夫は横に立つ達己に、「達つぁん、権藤剛っす」
「剛、この人が湯村達己さんじゃ」
 権藤は右手を差し出し、達己も応えて二人は力強く握手した。
「湯村さんの事は兄貴から聞いておりました。俺の兄貴が心酔しとんしゃる人ちゃどげな人か興味深かったすが、俺も会っただけで分かるような気がします」
「権藤さん心地良い挨拶痛み入ります。GTRには度胆抜かれましたわ。あの車に乗っておられるっちゅうだけで権藤さんの人となりが分かるような気がします」
 互いに相手を立てた挨拶に、二人は顔を見合せて笑った。

 権藤はふと真知子の横に居る井本に眼が留まった。
 ――あのボーズは…確かラッキーで会った…
 井本も気付いて会釈する。権藤はにやっとと笑う。

 

 2019年7月20日・2024年6月18日修正